ひまわり
都心からたった30分。なのに・・・そこは油蝉の鳴き声が騒音のように響きわたっていた。
木立の幹に隠れるように擬態する無数の蝉の、声だけの存在感がただでさえ暑い気温を2℃ほど押し上げた様な気がした。
何か目的があったわけではない。
ふいに訪れたただ一日のお休みをエアコンの効いた自宅に籠って過ごすのが嫌になったから、カメラだけを手に外出を決め込んだだけだった。
なんということもない住宅街の中にある高校の塀を超えたそこに、それはあった。

一面のひまわり。
わたしですら見上げるほどに丈高く伸びた姿はまるで自然の要塞だった。

息苦しいほどの緑の薫り。
あんなに煩かった蝉の音すら遠ざかっているような気がする。
替わりにまとわりつくのはミツバチの羽音。
よく見るときちんと整地された中に植えられているひまわりの群れの中に、わたしは足を踏み入れた。

圧倒的な高さ・きらめくような花の色。
映画<ひまわり>の中でソフィア・ローレンがはじめてモスクワのひまわり畑を見た時に一瞬声を失っていたことをフラッシュバックのように思い出した。
無限につづくひまわり畑を見ても暑さを感じる事もなく、とめどもない悲しさにわたしも襲われた。
あの映画は悲しい物語だった。
ひまわり畑が実は敵兵を処刑した跡地に作られたものだったことも・・・
ずっと独りで帰りを待っていた愛する男性が、敵地で救ってくれた女性と家庭を持ち子供を作っていたことも・・・
戦地に赴き帰ってこない彼を待つ間の、彼女のやるせない気持ちに世間が向けた敵意も・・・
夏休みの象徴のような・・・能天気な花が、少し怖くなったのはあの映画をみたのがきっかけだったろう。

そしてもう一つは<冬のひまわり>。
五木寛之氏の短編小説。
せつない・・・せつない恋の物語。
このヒロインは新たな恋のきっかけを手にできずに彼女を守る家庭に戻っていった。
それが自分にとっての幸せと信じて。

途切れることのないと思われたひまわり畑は・・・・やがて住宅街へと姿を変えた。
白昼夢のようなひととき。
ひまわりにもう無邪気な夏を感じられないと悟った・・・そんな午後。
朝の眩しさ
ちりりり・・・ん・・江戸風鈴のガラスの澄んだ音が響く朝
カーテンから差し込む陽射しはひどく強い
「まだ・・・こんな時間 でも起きなきゃ」
時計は5時20分を差している
いつもならもう一度シルクのタオルケットに包まってしまう時間
でも今朝はちょっと特別
朝顔市の最終日だったから
ゆうべは眠れなかった
熱帯夜のせいだけではないと思う
忙しすぎる仕事、なかなか逢えなくなった彼
考えてもしかたのないことが頭の中でステップを踏みいつまでも立ち去らなかった

例年よりも10日遅れで始まった朝顔市は最終日ということもありもう活気に満ちていた
鴬谷の駅からホテル街をかすめるように少し歩くだけで、すぐに威勢の良いかけ声が聞こえる
「五色だよ!五色!ブルーに紫にピンクに白!それに団十郎!」
「ブルーマリン!宿根朝顔だよ!来年も再来年もこの鉢のままで咲くよ!」
「桔梗咲き!上品だろ!こんなに大きな行灯づくりはウチだけだよ!」
「日本の伝統工芸の竹づくりの支柱だよ!朝顔にプラスチックはないだろ!」
祭り半纏にはちまきのご主人は、もうエビスビールの缶を手にしてる
髪を結い上げたお嬢さんたちの足許の足袋も眩しい
言問通りの一方にひな壇の花台を設置した狭い通りは、朝の7時というのに人の声と人いきれに満ちていた
ここに来たかった理由のひとつはこの狂躁だった
自分の心の迷路に入り込まずに済む・・・何も考えたくなくなる狂躁に包まれたかったのだ
狂躁に包まれてまで迷路から抜け出せないなら、それはもう<終える>潮時を迎えている
それを確認したかったから

もうひとつの目的は<朝顔の写真>だった
ずっと仕事でしか使っていなかったデジカメ
今年はこのカメラで綺麗なものだけを撮ろうと決めていた
春の桜からいくつもの花を撮り、夏になって最初に撮りたくなったのが朝顔だった
ところが他の花と違って近くの庭園や植物園で見せているという情報は見つけられなかった
朝顔のきれいな早朝から開園する植物園などなかったから
都内 朝顔 写真・・・とGoogleで検索してヒットしたのがこの朝顔市だったのだ
ボディバッグから出した一眼レフをONにして立ち並ぶ店を覗く
客引きをしようとする売り子さん
常連の店が決まっていてしきりと花を吟味するお客さん
車で来ているのだろうか 両手に5鉢も下げたまま新たな花を探すご夫婦
朝顔を買うでもないわたしが花の並ぶ棚に近づくのは至難の技だった
もうひとつシャッターを押す事を躊躇させたのは、店頭に並ぶ花の無惨さだった
まずまともな姿で咲いている花は少なかった
行灯仕立ての鉢は数多くのつぼみをつけ、勢いの良いつるが支柱をとりまいてはいたけれど・・・

「この先の2つめの角を右にまがって少し歩いた右手のお寺に行ってみてはいかがですか?」
鬼子母神の境内に飾られた朝顔の鉢の前でカメラを手にしていたわたしに話しかけて来たのは、祭り半纏を白のポロの上に羽織った男性だった
一瞬、わたしに?と思ったのは確かだった
「写真を撮られているんですよね」
不思議そうな顔をして振り返ったわたしを真直ぐにみてその方は言葉を重ねた
「はい でもなかなかきれいなお花がなくて」
「そうなんですよね。商売ものなのでどうしても店頭に並ぶまでに花を傷めてしまうんです。その先にあるお寺は、ある店が朝顔の控え室に使っている場所なんですよ。写真を撮るならそこの花の方がいいはずです。」
会長〜〜 お願いします〜 境内の反対側から掛けられた若い衆の声に片手を上げて応える・・・彼はいったいどういう人なんだろうか
「ありがとうございます 行ってみます。あの、でも なぜ?わたしは写真を撮っているだけですのに」
「朝顔は寿命の短い花なんです。それでも精いっぱいきれいに咲いてくれる。それをゆっくりと愛でて、きれいだと言ってやらないと可哀想だと思うんですよ。一番綺麗に咲いた姿を残してくれるなんていいなと思ったからです。」
会長〜〜
「それじゃ失礼します」
ありがとう・・ わたしの声は祭り半纏の大きな背中に届いただろうか

そこはほんとうに小さなお寺だった
境内の参道を除いた全ての場所に所狭しと朝顔の鉢が並べてある
どの花も朝の清冽な陽射しを浴びてのびのびと今朝の花を開いていた
カメラを取り出したわたしに留守番のおじさんはなにも言わなかった
ひとつひとつあでやかに開いた朝顔をファインダーに収めてゆく
そこには、宿根朝顔も、五色咲きも、桔梗朝顔もなかった
ただシンプルな単色の朝顔が、絞りや白縁をとりまぜてのびのびと花を咲かせていたのだ
『朝顔の寿命は短いから』カシャ・・・
『短い寿命でもきれいに咲いてくれる』カシャ・・・
『精いっぱい咲いた花をきれいだと言ってやらないと可哀想』カシャ・・・
カシャ・・・ 最後シャッターを切ったあとに頬をつたったのは汗だったろうか、それとも

まだ終わりにはできない
でも、気持ちは強く持とう
どんなに短い命でも芽生えた花<恋>はこんなにも美しいのだから
その気持ちをせめて自分だけでもきれいだと愛でてあげよう
そして終わりを迎える時にはこの手できちんと摘んであげよう
それが・・・わたしなら・・・全て・・・・
梅雨の明けるまで
わたしは晴れ女のはずなのに
彼って実は最強の雨男?
それとも梅雨空の嫉妬かしら

ううん 本当に嫌いなのではなくて
傘の大きさの分だけ彼と離れていなくてはいけないから
昼の明るさの中、一つの傘に二人で居る訳にはいかないから


Strange Flower
Strenge Lady
「それって褒め言葉?」と聞いたわたしに
「あたりまえだろ」と笑ったのは彼だった
「これだって紫陽花だろう」
指差す先にある花は蔦のように壁に絡まる白の一弁の額紫陽花

「これも紫陽花なのね」
「たしかにこれは奇妙な花だね」
わたしたちが花のように愛でている額の部分が一切ない
ほんとうの花だけの紫陽花
小さなゴルフボールほどの花房は
開くほどにその結束を崩してはかなくなってしまう
「なんだか切ない花だな」
つぶやく彼の声の方が切なく思えたのはわたしだけなのかしら
「たしかにこれは奇妙な花だね」
わたしたちが花のように愛でている額の部分が一切ない
ほんとうの花だけの紫陽花
小さなゴルフボールほどの花房は
開くほどにその結束を崩してはかなくなってしまう
「なんだか切ない花だな」
つぶやく彼の声の方が切なく思えたのはわたしだけなのかしら

「同じに小さくてもこの方がかわいいわね」
大きさは卓球のボールほど
御殿手鞠のように精緻に作られた和紫陽花
葉も樹形も木というよりも草のようで・・・
「じっくり見ないとこんなに凝った花とは気づかないかもな」
「ね 甘茶からの変種なんでしょうけれど」
「深いなぁ 紫陽花も
しげしげとこんなにじっくりと紫陽花を見たことなんてないな」
そういう彼の瞳が先ほどより和んでいるように見えるのを
嬉しいと思うのはわたしだけなのかしら
大きさは卓球のボールほど
御殿手鞠のように精緻に作られた和紫陽花
葉も樹形も木というよりも草のようで・・・
「じっくり見ないとこんなに凝った花とは気づかないかもな」
「ね 甘茶からの変種なんでしょうけれど」
「深いなぁ 紫陽花も
しげしげとこんなにじっくりと紫陽花を見たことなんてないな」
そういう彼の瞳が先ほどより和んでいるように見えるのを
嬉しいと思うのはわたしだけなのかしら

くすんだ葉色、はかない茎
その先に広がる花は西洋種の額紫陽花と同じ造りなのに
青の花も、紅をのせた花も
なぜか悲しいほどにあえかな景色をつくりだす

「お茶席に生けることもあるんですよ。和紫陽花は」
「たしかにこの風情なら涼しげな感じがいいかもしれない」
「水揚げが難しいせいもあってあまり見かけませんけどね」
「普通は知らないよな。こんな紫陽花があること自体。」
和紫陽花の庭と名付けられた庭園で
大きな身体をかがめながらひとつひとつの花に見入る
彼の横顔に見入っていられるのがわたしだけならいいのに
「たしかにこの風情なら涼しげな感じがいいかもしれない」
「水揚げが難しいせいもあってあまり見かけませんけどね」
「普通は知らないよな。こんな紫陽花があること自体。」
和紫陽花の庭と名付けられた庭園で
大きな身体をかがめながらひとつひとつの花に見入る
彼の横顔に見入っていられるのがわたしだけならいいのに

「うちの店で飾る事があってもやっぱり西洋紫陽花だな」
「あなたのところならそちらのほうが似合うでしょう。雰囲気も華やかさも」
「でもこんなのはまだ見た事がないな。」
彼が指差したのは、額の縁が紅色に染まった西洋紫陽花
「これから人気のでる新種らしいわ」
「たしかにこれは女性受けしそうだな」
「メヌエットっていう薔薇がこれと同じような色づかいなのよ」
「花屋に行くのはなんとなく気恥ずかしいが、行っておかないとだめだな」
「あら、誰かにプレゼント?」
「いや、祥子の話についていけなくなる」
「あなたのところならそちらのほうが似合うでしょう。雰囲気も華やかさも」
「でもこんなのはまだ見た事がないな。」
彼が指差したのは、額の縁が紅色に染まった西洋紫陽花
「これから人気のでる新種らしいわ」
「たしかにこれは女性受けしそうだな」
「メヌエットっていう薔薇がこれと同じような色づかいなのよ」
「花屋に行くのはなんとなく気恥ずかしいが、行っておかないとだめだな」
「あら、誰かにプレゼント?」
「いや、祥子の話についていけなくなる」

「こうして植物園に一緒に来れただけでもうれしいのに。無理しないで」
「今度は花屋に付き合ってもらうかな」
「ふふふ お望みならお付き合いしますけど。
せっかくだからお花もプレゼントしてくださいな」
「あっ 一本とられたな」
ははははは・・・
庭園の東屋に駆け込んだわたしたちの笑い声を
かき消すような強い雨がまた空から落ちてきました
「今度は花屋に付き合ってもらうかな」
「ふふふ お望みならお付き合いしますけど。
せっかくだからお花もプレゼントしてくださいな」
「あっ 一本とられたな」
ははははは・・・
庭園の東屋に駆け込んだわたしたちの笑い声を
かき消すような強い雨がまた空から落ちてきました

ひっそりと作られた東屋の周りに植栽されているのは新種ばかり
複数の色がまざりあう額に白い縁が油絵のような花もはじめて見るもの
「こうして見ると、最初に見たあのシンプルな花が一番良く思えるな」
「もう。たしかにそうですけどね」
「でも誘ってもらって良かったよ。
紫陽花だけでこんなに楽しめるとは思わなかった」
「梅雨時期もいいものでしょう。」
「あぁ捨てたもんじゃないな。」
傘を広げかけたわたしの手を止めて腕を組んでくれた
彼の手のぬくもりを恋しいと思えるのは
いま・・・ただ わたしだけ
複数の色がまざりあう額に白い縁が油絵のような花もはじめて見るもの
「こうして見ると、最初に見たあのシンプルな花が一番良く思えるな」
「もう。たしかにそうですけどね」
「でも誘ってもらって良かったよ。
紫陽花だけでこんなに楽しめるとは思わなかった」
「梅雨時期もいいものでしょう。」
「あぁ捨てたもんじゃないな。」
傘を広げかけたわたしの手を止めて腕を組んでくれた
彼の手のぬくもりを恋しいと思えるのは
いま・・・ただ わたしだけ
日曜の憂鬱
まだ空気の澄んでいた梅雨前の日曜日。新しいデザイナーとの打合せにわたくしははじめての住宅街に足を踏み入れていました。
おもたせで用意した焼きたてのペストリーでブランチを取りながらの打合せは順調な盛り上がりと共に終了し、わたくしは予定外の時間を持て余していました。
仕事に戻るには遅過ぎ、このままいつもの仕事終わりのくつろぎのひとときを過ごすにはあまりに早すぎる午後・・・
土地勘のない住宅街で、ふと鼻先を流れた香りに心惹かれたのです。

それはわたくしがただ1つだけ持っている香水と同じティーローズ系の香りでした。
競うように手入れをされた建て売り住宅の壁を這うつるばらの香りは、カーテンに映る人影の楽しげな様子とともに『わたしたちは幸せなのよ』と声高に主張をしているようにさえ感じられたのです。
透き通るような涼やかな空気をとりいれようとわずかに開いた窓からこぼれる笑い声とイージーリスニング。
その曲が、彼の好きなジャズと同じだと気づいたとき、わたくしの背中を冷たいものが流れたのです。
そういえば・・・この街は彼が住む街でした。
最愛のお嬢様と奥様との幸せな家庭のある街。
公休日にはたとえ前日にどれほど家庭で不愉快なことがあっても、必ず自宅で家族と休日を過ごす彼の家。
きっと・・・独りでいるわたくしのことなど、玄関のドアを開けた途端に記憶から綺麗になくなってしまうであろう・・・彼と家族のプライベートな空間。
今日も・・・きっと・・・。
わたくしの中で、最も忌避すべき感情が、周囲の情景となんの関わりもなく湧き上がってくるのを止める事ができなくなりそうでした。

彼の・・・わたくしと居られない時の彼のことは、出来るだけ知らないようにと努めてきました。
もちろん、二人の関係を知らない彼のスタッフや共通の友人たちから聞かされる様々な情報をシャットダウンすることはできませんでしたが、極力詳細からは逃げていたのです。
彼の幸せの源が家庭にあるなら、家庭ごと彼を愛そう。
彼との関係を決めた時わたくし自身に誓ったことでした。
知らないことは、ありえないこと。
いたづらに知ってもそこには<嫉妬>という醜い感情しか存在しえないからです。
ただ、わたくしが知っていたのは彼の自宅の最寄り駅の名前だけでした。
つる薔薇の絡まる家が彼の家である可能性なんて何万分の1でしかないのです。
仮にあの家が彼の家だと知ったところで、何が変わるの??
足早に駅を目指したわたくしは、横浜の中心から少し離れた緑あふれる場所にある外人墓地へ向かう事に決めたのです。

そこは、日本や極東で戦死した英国人のための墓地です。
広々とした芝生に、定形の墓碑が並び、その墓碑と墓碑の間には葬られた魂たちが故国を懐かしめるようにと様々な薔薇が植えられていたのです。
「あと1時間で閉めるけどいいかい?」
「はい、少しだけ散歩させてください。」
墓地の管理人をされているシルバーグレーのご夫婦は、もう何年も年をとるのを忘れていらっしゃるように、数年前に訪れた時と同じ笑顔でわたくしを迎えてくださいました。
「ちゃんと綺麗な時期を外さないで足を運んでくれてうれしいよ。いってらっしゃい。」
おばあさまの優しい声に送られてわたくしは芝生へと一歩踏み出したのです。
日々丹精された薔薇は美しく花を咲かせていました。
なまめかしく花びらを広げた薔薇は・・・彼とのはじめての口づけの夜を思い出させました。
「祥子はキスが上手だね」
欲情にかすれた声で彼が告げたひとことに 溺れちゃだめよ・・・と返したのは、わたくしでした。

「しっとりと吸い付く様な肌を夢に見たよ」
家族と週末を過ごした彼が、わたくしを抱いて星の様にキスマークを残した夜・・・わたくしは咲き誇り・咲き乱れるほどに色濃く薫り高くなるイングリッシュローズのようにはしたなく乱れたのです。
彼の溢れるほどの精を浴びて、気を失いそうになりながら。
「もう妻は抱けないんだ。抱いても祥子を思い出すとあまりの違いに萎える。その度に俺は自分の中の男に自信を亡くす。」
素肌のままのわたくしを腕のなかにかき抱いて、黒髪を指先で解きながら彼はそう言ったのではなかったか。
「だから、祥子を抱くときはいつも少し怖い。もしかして抱けなかったらどうしようと・・・思う。」
「でも、そんなことは一度もないでしょう? 今夜もさっき二人で逝ったとは思えないほどもうこんなに元気なのに。」
「ははは そうだな。だから祥子を抱くと俺は男に戻れるんだ。自分に自信が取り戻せる。」
「もう♪ なにも心配なんていらないのに。」
「そうだな・・」
抱きしめた身体毎裏返されて、まだ彼の精をとどめたままの蜜壷を愛されたのは・・・いつのことだったかしら。

「こんな隠れ家みたいなライブ、俺は好きだよ。」
雨の中、彼の傘にふたりで入って駆け込んだ麻布十番のジャズライブ。
わたくしの知り合いが多いその会場では、指を絡める事さえしなかったけど・・・同じ音に感じ、おなじアレンジに微笑み合い、宝石のような瞬間を共有したのは他の誰でもないわたくしではなかったろうか。
「好きな音楽が一緒だとこんなに楽しめるね。」
「そうね。」
「祥子と好みが一緒なのは、音楽だろう、酒だろう、日本画もそうだったよな。花もだよな。それと・・・コーヒーも、あと・・・」
「数え上げてたら、セカンドステージが始まっちゃうわ。」
「ははは そうだな」
わたくしの前のワイングラスにつと手を伸ばし、こくりと一口味わった彼は瞳を閉じて濃いボルドーを味わうとそのまま呟いたのです。
「祥子と一緒だから好きになっていくのかもしれないな。」

ほとんど誰も訪れる人の居ない外人墓地を薔薇を愛でながら歩きながら、彼と出逢う事で知る事ができた花束のような言葉と想いを・・・思い出していたのです。
彼と出逢うことをしなければ、味わうことのなかった<嫉妬>。
彼と出逢わなければ、知る事のなかった優しい<想い>。
どちらも知らずにいる人生と、どちらもを知ってしまう人生。
そのどちらもを知った今のわたくしに、過去を遡って彼に出逢った事を後悔する?と聞いたら・・・答えはNO!でした。

「ゆっくりさせてあげられなくて申し訳ないね。」
「いえ、わたしこそ遅い時間にお邪魔して。ありがとうございました。」
シンプルな錬鉄のゲートを閉めようとするおじいさまは優しい声でわたくしを送り出してくださったのです。
「またお邪魔させてください。失礼します。」
「あっ 待って。よかったらこれ持って行って。」
おばあさまが差し出してくださったのは、紫の薔薇を英字新聞にくるんだシンプルな花束でした。
「いいんですか?」
「花好きでしょう。ここでもまだ2株しかないけど今日剪定したから。」
「その花はいま世界で一番安定した青薔薇なんだそうだ。奇跡が起きるという花言葉だそうだよ。」
「ありがとうございます。いい香り いただきます。」
やさしくうなずく二人に見送られ、憂鬱だった日曜日がすっかりいつものわたくしの時間に戻っていることを確認できたのです。
「奇跡が起きたら、ご報告に来ますね。」
「また元気で顔を見せておくれ。」
「ありがとうございます。」

ベッドサイドには、いまあの紫の薔薇が微笑むように開いています。
わたくしにとっての奇跡とはいったい何なのでしょうか・・・。
今夜は、独りの優しい夜を取り戻せた奇跡に感謝して眠りにつこうと思います。
おやすみなさい。
重なる指に−2
二人きりになれる場所に着くまでわたくしたちは、一言も交しませんでした。指先をからめることも、腕を組むことも、ましてや先ほどまでカウンターで触れていた脚さえ見知らぬ他人のように離していたのです。
ほんの少しでも互いに触れたら・・・堰を切るように溢れて止まらなくなってしまう事を恐れるように。

「ん・・ふっ・・」
部屋へ向かうエレベーターで交したキスが始まりでした。
エレベーターが開いて廊下に誰もいないことを確認した一瞬以外、貪る様なキスを止める事は出来ませんでした。
「しょう・・こ・・」
「ぁ・・ん・・」
かすれた声でわたくしを呼んだのと、部屋のドアが閉まったのは同時でした。
扉の内側に互いのバッグを落とすように置くと、彼はわたくしのジャケットの釦を、わたくしは彼のネクタイを外しはじめたのです。
「だ・め・・・んん・・・」
ジャケットを落としてあらわになったノースリーブの肩を彼の唇が襲い・・・カットソーの中のブラのホックをはずそうとするのです。
「いい・・香りだ」
「ゆるし・・はぁぁ・・ん・・」
今度はネクタイを緩め、シャツの貝釦に指を掛けるわたくしの首筋から耳へと・・・
「はぁ・・ぁん だめ・・・あぁぁ・・・」
両手首を掴まれて引き上げられ・・・腋窩を舐め上げられた瞬間、カットソーは引き抜かれ、スカートのファスナーは引き下ろされてしまったのです。
「さっきのバーボンより祥子のフェロモンが香るな。」
「あん・・・・いじわ・る・・言わないで・・・・」
「どうした?」
「おねが・・い・・」
「もう立っていられないのか」
「ん・・・・ゃぁ」
彼のジャケットすら脱がす事ができなかったわたくしは、ランジェリーだけの姿でベッドの上に放り出されたのです。

「そんなに感じてるのか?」
「やっ・・・だめ・・」
横たわったわたくしは、いつもと違い部屋の中が明るいままであることにはじめて気づきました。
「なにが駄目なんだ」
自らジャケットを脱ぎ、ネクタイを引き抜きながらベッドの足元に乗る彼は引き寄せたわたくしの両膝を割ろうとするのです。
「だめっ・・あかる・ぃ・・ぃやぁぁ・・・」
明るすぎる間接照明を遮るように腕を上げた途端、彼の手で寄せ合わせたストッキングの膝は割り開かれてガーターストッキングの奥のはしたなく濡れそぼったショーツまでも、明かりの下に晒されてしまったのです。
「綺麗なパウダーピンクのランジェリーなのに祥子が濡らすからそこだけ濃いピンクに見える。」
「や・・っ・・・」
開いた脚の間に身体を割り込ませた彼は、スリップの裾を引き下ろそうとするわたくしの手を左手一本でやすやすと封じてしまいます。
「いつから濡らしてた? こんな状態だってことは、俺が来る前からか? マスターに欲情してたのか?」
「あぅっ・・・っちが・・うぅっ・・」
「ブラの上からでも祥子の乳首が堅く立ってるのがわかる。」
彼は右手をランジェリーをつけたままの乳房を指先がめり込むほどに揉みしだき・・・左手はシルクのスリップの裾をわたくしの手ごとガーターベルトのレースが丸見えになるほどに引き上げたまま、視線ははしたないショーツの上と、羞恥にまみれるわたくしの顔を交互にさまよわせるのです。
「やぁぁ・・・ゆる・し・て・・・明かりを・・・」
「久しぶりに逢う恋人に、祥子のきれいな花びらさえ見せてくれないつもりかい?」
シュルッ・・・ シュッ・・・
「いやぁぁぁ・・・」
乳房から離れた手はあっという間にショーツのサイドのリボンを解き・・・明かりの下に晒してしまったのです。
「ヘアをカットしたんだね。祥子のつややかなヘアの感触も好きだったが、この景色も格別だね。まだ触れてもいないのにいつも慎ましやかなピンクの花びらがこんなに濃く色づいてる。」
「はぁぁ・・・ん・・」
彼の指先が、濡れそぼる真珠の上をはいて花びらからしたたる蜜を掬うのです。
「きれいだ。何度見ても・・・こんなに」
「おねがい・・ゆるして・・・もう・・ ね あな・た・・・ぁ・・」

哀願するわたくしに唇を重ねると、彼は腕を伸ばして部屋の明かりを落としました。
「しょう・こ・・・」
「あふぅぅ・・ぁん」
スリップとブラのストラップを乱暴に引き下ろし彼の手に揉みしだかれて堅く立ち上がった乳首をねぶりながら、わたくしがほとんどの釦を外していたシャツを脱ぎ去ります。
「いいのか?」
唇も耳朶も首筋も乳房も・・・全てに唇を這わせながら、柔らかな感触のウールのスラックスとソックスを荒々しく脱ぎ捨て、わたくしの手を彼のものに導くのです。
「はぁぁ・・・あぁ・・おっ・きぃぃ・・・あぅっ」
彼はいつものボクサーパンツを・・身につけていませんでした。
いつからそんな風になっていたのか、いままでにないほどに猛々しく雄々しく立ち上がり、わたくしの指にはぬめる彼の体液さえ感じられたのです。
「ほしいか?祥子。これが欲しいか?」
「は・・ぃ・・・ほしぃ・で・すぅ・・・はぁうっ」
「じゃぁ 咥えてくれ」
力強い腕で体勢を入れ替えられたわたくしは、ガーターストッキングだけの姿にされ、仰向けの身体の中心にそそりたつ彼に唇を重ねたのです。
少しずつ口内の粘膜の比率を高めるように・・・唇の触れた場所に舌先を這わせるように・・・
「ああ・・・そこだ 気持ちいいな 祥子のフェラは 本当にいい」
彼の茂みに鼻先を埋めるほどに深く・・喉奥で先端を愛撫し・・・
左右の皺袋をひとつづつ含み・・・
鼻先で袋の根本を刺激しながら舌先で彼のアナルを舐め・・・
「うぅ いいっ」
同時に彼に添わせた指に新たなあたたかな粘液がしたたり落ちるのがわかります。
指先を皺袋に移し・・・わたくしは改めて口腔に彼を迎え入れたのです。
「最高だ 祥子 これ以上されたら逝ってしまいそうだ」
長い髪に指を絡めるようにしてわたくしの頭を引きはがすと、彼はわたくしの身体をそのまま昂りの上へと引き上げたのです。
「祥子を味あわせてもらうよ」
「あぁうっ・・・」
騎上位に彼を跨がらせたわたくしの花びらを貫くように、昂りを突き上げ・・・わたくしの腰をぐいと引き下ろした彼は、挿入するなり最初の絶頂に達したわたくしを容赦なく責め立てはじめました。

「はぁぁ・・ん・・いい・・いぃのぉぉぉ・・・あなたぁぁ・・・」
「っ締まる 祥子のはなんて」
わたくしを上にして責めに応じてたゆんと揺れる乳房をいらっていたのは、十分にもならなかったように思えます。
突然動きを止めると、彼は今度は正上位でわたくしを責め立てたのです。
「いぃぃ・・・あな・た・・・す・きぃ・・・」
「好きだよ 祥子」
「だめ・・・そこ・・・また・い・っちゃ・うぅぅ・・」
「何度でも逝ったらいい。祥子が逝くのを見るのが俺は好きなんだ。」
「あぁぁ・・・いっちゃう・・ぅ」
「逝ってるな 解るよ 祥子の身体は嘘がつけない」
「やぁ・・・そんな・・あぁぁ・・・いやぁぁぁ」
「もっと もっとだ」
逝き続けたままの身体をうつぶせにされ、ヒップだけを引き上げられて今度は後ろから深々と・・・
「あぁ・・・ゆるしてぇ・・また・・いぃぃ」
「ほらっ」
パシィ! 白く張りつめた尻たぼに平手のスパンキングが飛びます。
「ひぃっ・・・」
「いいのか? 祥子」
パシッ! パチッ! 立て続く刺激にわたくしは身体全体をひくつかせてたくましい彼を体奥でより一層感じてしまうのです。
「祥子に逢うまでバックがこんなにいいとは思わなかった」
「あうっ・・・」
「わかっているか祥子。スパンキングの度に祥子は酷く締め付ける。」
「あぁぁ・・・いぃぃ・・・いぃのぉぉ・・・・」
「動かずにいても中が動いて俺のを扱く。奥を突けば吸い込むようだ。こんな身体は祥子しかしらない。」
再び乱暴にわたくしを引きはがすと仰向けにして・・・正上位で・・・・彼は絶頂へ向けて・・・身体を重ねたのです。
「はぁぅ・・ん・・」
「祥子 逝くぞ!」
「はぁ・・・いぃぃぃ・・・」
「一緒だ いいな」
「くださ・いぃぃ・・・ あなたの精液で・・祥子を・・まっしろ・に・し・てぇぇぇ・・・」
「ああっ 逝くっ」
ヘッドボードに突き当たったわたくしの頭を一層押し付けるように3度大きく突き上げると、彼は熱い精液をわたくしの中に迸らせたのです。

「あ・ん・・・ ごめんなさい」
シャワーを浴びた彼に頬を撫でられて、あられもない姿のままでいることにはじめて気づきました。
彼に逝かされたまま気を失ったようになっていたわたくしの身体には、パウダーピンクのスリップだけが掛けられていたのです。
「そろそろ時間だ。シャワーを浴びて来られるかな?」
「はい。 あっ・・・いゃ・・・はずかしいわ」
身体を起こしただけで・・・太ももに暖かなものが垂れ落ちてくるのです。
「さっき拭いたつもりだったけど、今夜は沢山出したからな」
「もう・・・」
ベッドサイドのティッシュを慌てて押し当てて、彼がベッドの上にあつめて置いてくれたランジェリーを胸元に抱えたのです。
「シャワーを浴びてきます。」
「逝ったままで気を失っている祥子もきれいだったよ。あと少し若ければもう一戦挑んじゃいそうだ。」
「いじわる・・・・」
「普段の乱れない祥子を知っているからだろうな。俺にだけ見せる姿だと思うとたまらない。うれしかったよ。」
「・・・すぐに・・支度しますわ」
先ほどとは違う熱に染めた頬を隠すように、わたくしはバスルームに逃げ込みました。

「ありがとう 遅くなっちゃったね。」
「ううん」
二人きりの部屋を出たエレベーターの中で名残の口づけを交しながら、わたくしは彼に腕をからめたのです。
「いつものように凛とした祥子も好きだよ。」
「ふふふ・・・」
夜の空気は、ふたりにはとても心地よいものでした。
火照る身体を冷やす為にも・・・腕を組んで街を歩くためにも・・・・






