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SnowWhite 13

「ああ、うちの母はここらへんのものは買ってきていたみたいだからな。」
栗を2/3ほど、きんとんの中に混ぜ込みます。
「あまり甘いものはお好きじゃありませんでしたか?」
「よくそう言われるが、実は好きなんだ。でもさすがにこの鍋の中身は二人分には多そうだな。」
「ふふふ、そうかもしれませんね。」
煮たのはさつまいも1本分でした。でも、立派な大きさのそのお芋からは結構な量の栗きんとんが出来上がっていたのです。
「なにか器に半分ほど詰めてくれないか?」
「はい、構いませんけれど。どうなさるの。」
「白雪のグルーミングのお礼に持って行こう。」
「えっ、他所のお家に。」
「いや、さっき白雪を預かってくれた奥さんが、今年はきんとんを買い損なったっていう話をしていたからな。こんなに旨そうなものなら喜ぶだろう。」
「味見をしてくださらない?」
まだ一度もお会いしたことのない方の家に・・・・。突然の高梨さんの申し出にわたくしはびっくりいたしました。どんな方にも好まれるお味だと自惚れるほどには、腕があるわけではないんですもの。
「祥子が確かめた味なんだろう。」
「ええ。」
「だったらそれでいい。頼む。」

確かにこのままの量を二人で食べきれるかといえば・・・難しいかもしれません。
「わかりました。ちょっと待っていてください。」
わたくしは、背後にある食器棚から白地の深い小鉢を2つ取り出しました。
器を濯いで・・・そこに、いま作りたてのきんとんを盛りつけたのです。
中高になるようにこんもりと、続いて混ぜ込むことのなかった栗をアクセントになるように表面に数個並べました。
それから、薄紅に色づけをした花びら型の百合根をその上に散らしていったのです。
「ほお、ここに使うためのものだったんだね。」
「ええ、ちょっとした添え物なだけですが。」
「いやいいよ。まるで和菓子のようだ。」
カシャ・・ カシャ・・・
今度は調理台の上に二つ並んだ器までフィルムに収めるのです。もう、交換したフィルムは4本目になります。
「恥ずかしいわ、もう。」
「祥子の手は綺麗だね。爪はきちんと摘まれているし、マニキュアをしているわけでもない。女性としては少し大きいくらいだろう。」
「ええ、もう・・・手のアップなんて。」
そうでした。わたくしは身長も女性としては高い方でしたが、同時に手足もすんなりと大きかったのです。若い頃は、時として男性よりも大きな手がコンプレックスだったこともありました。
カシャ・・ カシャ・・・
「いや、こういっては失礼だがね、なまじなモデルの手より数段若くて女らしい。関節がごつごつと主張することもない。カメラから見ると指に関節なんかないんじゃないかと思うくらいだ。こんなにまめに水仕事をしているのに、荒れてもいない。冷たい水を通すとすっと白くなって・・それから指先だけが紅色に染まる。そしてね、佇まいが本当に綺麗なんだ。いつも指先まで神経が通っている様に、綺麗な型になっている。」
器の1つにラップをし引き出しにあった小布で包んだものを高梨さんに差し出したのです。

SnowWhite 12

「嬉しいよ、そんなに僕のことを心配してくれて。ありがとう。」
ちゅっ・・・ タオルに添えたわたくしの手を振りほどくこともなく、高梨さんは長身をかがめる様にして、頬に1つキスをしてくださったのです。
「あの・・白雪はどうなさったの。」
今日こちらに来てからの、高梨さんの甘やかな仕草にわたくしはほんの少し戸惑いながら、高梨さんの手を包んだタオルを解きました。そして、このままキッチンでの情事が始まってしまわないようにとさりげなく話題を変えたのです。
「ああ、白雪の兄弟のいる家で遊んでるよ。」
カシャ・・
高梨さんはさっそくカメラを手にすると、ピンクに染まった百合根のようなわたくしの耳朶にレンズを向けたのです。
わたくしはカメラを見る事なく、黄金色に煮上がったさつまいもの裏ごしをはじめました。
「サモエドのブリーダーの方がお近くにお住まいなんですか?」
「そうなんだ。丁度道の反対側にある家なんだけどね。僕がここを空けることが多いからそういう時は白雪を預かってもらっている。」
「よかったわ。」
カシャ・・
高梨さんを見上げた瞬間、シャッターが押されました。
「良かった? いま、白雪がいないことがかい。」
「もう、何をおっしゃってるの。違います。高梨さんは一年の半分くらいはこちらにいらっしゃらないでしょう。その間白雪はどうしているのかと、思っていたんです。ブリーダーの方のところで、兄弟一緒に過ごしていれば寂しくなくてよかったわ。」
「ははは、なんだ今僕と二人きりになれてよかったっていう意味じゃなかったわけだ。」
「しりません。」
まるで、夫婦二人きりの昼下がりにやんちゃな息子が友達の家に遊びに行っていて・・・だからこうして甘い時間が過ごせるだろう、高梨さんの言葉にはそんなニュアンスが含まれていたのです。
いつものヒルズの高梨さんのお部屋なら、このまま全てを放り出して甘えても、美味しいディナーを堪能する手段はいくらでもあります。
でも、いまここで手を止めたらふたりのこれから3日間のお夕食は台無しになってしまいます。
それを解っていらしてこんな悪戯を仕掛けられているのにわたくしは気づいていました。

「白雪をお迎えに行かれるんでしょう。」
「ああ、済めば電話が来る事になっている。」
「済めば?」
「ああ、グルーミングしてくれるそうだ。サモエドは防寒のために毛が密に生えているからね。風邪をひかないように暖かな部屋で完全に乾かしたら電話を貰う事にしてある。」
手元のボウルには、裏ごしされたきんとんがふんわりと黄金色の山を作っておりました。木杓子でかき混ぜて、ほんの少しだけ滑らかさを出すために栗の蜜煮の蜜を加えます。
「栗きんとんを作るプロセスを初めて見たな。」
「そうでしたか。」

SnowWhite 11

「1つだけお手伝いをお願いしてもいいですか?」
「ああ。」
「囲炉裏の煮物を見て頂けませんか?お出しが上に乗せた昆布に掛かっていなかったら、もう火から下ろしていただきたいんですの。」
おやすい御用だよ、そういって囲炉裏に近寄られます。
大柄な高梨さんだと本当に数歩の距離でした。
お願いをしたまま、わたくしはくちなしの実で美しく黄色に染まった栗きんとんのためのサツマイモの煮え具合を竹串で確かめておりました。すっと通った竹串を引き抜いて唇に当てて火の通りを確認します。
「これは、旨そうだな。」
「なんていうことのないお野菜の焚き合わせです。今日はお時間がなかったので、いくつかは一緒煮にしたんです。お出しの具合はいかがですか?」
お鍋の中には里芋・蓮根・人参が入っていました。筍と手綱こんにゃくは別のお出しですでに煮含めてありました。
「もういいころだろう。下げればいいのかな。」
「はい、こちらにお持ちいただけますか?」
「おう。」
そうおっしゃるなり、高梨さんは鍋の蓋を閉じてそのまま鍋の手を掴みました。

いくら手元に火が当たっていないとはいえ、長時間煮続けていたお鍋です。
「あぁっ・・・そのまま持ったらだめ、熱いわ。」
「ははは、これくらいは大丈夫だよ。」
その言葉通り、高梨さんは大振りな両手鍋を持ち上げたのです。
熱いそぶりも見せません。
「どこに置けばいいのかな?」
「そこの隅にお願い出来ますか。」
先ほどの酢蓮の場所とは少し離れたところに、煮物鍋を置くための厚めに新聞紙を敷いたコーナーを作っておきました。
すでにそこにある3つほどのお鍋のその並びに、高梨さんは焚き合わせの鍋を並べたのです。

「ありがとうございます。ね、手を見せて。」
わたくしは、高梨さんの手を取って冷たい水で絞ったタオルで指先を包んだのです。
「大丈夫だ。手の皮はしっかり厚いからな。」
「もう、シャッターを押す大事な手を火傷なんかなさったら・・・困ります。」
見た感じ、火傷はしていないようでした。
でも、わたくしよりも幾分高い高梨さんの体温のせいでしょうか。指先を包んだ冷たいタオルは瞬く間に次第に人肌へと変わってゆくのです。
「本当に大丈夫だよ。祥子は、心配性だな。」
「だって・・・。」
「いまの祥子の顔を写真に撮っておきたかったよ。」
「ん・・いじわる。」
良く熱い食べ物が苦手な方を猫舌といいます。
わたくしは、猫手でした。
主婦として十数年台所仕事をこなしていても、指先の感覚は鈍くなる事などなくて、いつもお鍋の手を取ろうとしてアチっ・・と声を上げてしまったいたのです。
きっと先ほどのお鍋も、わたくしの手ではあんな風に持てなかったでしょう。
自分だけの感覚で、心配しすぎてしまったことが急に恥ずかしくなって、わたくしは高梨さんの前で拗ねてみせるしかありませんでした。

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カシャ・・・カシャ・・カシャ・・・カシャ・・
顔を上げて微笑んで、そうお声を掛ける間すらシャッター音は止まりませんでした。
「恥ずかしいわ、そんなに。」
濡れたままの指先で、俯き続けていたせいで少し下がった眼鏡をきちんと掛け直すまで高梨さんはカメラを下げませんでした。
「割烹着なんて久しぶりに見たよ。似合うね。」
「よくご存知ね。」
「ああ、ここに住んでいた祖母が良く着ていたからね。」
さきほどお食事したダイニングテーブルに重そうなカメラを置いた高梨さんの口から、割烹着なんて言葉が出るとは思いませんでした。
「いまは、ほとんどの方が使われてもエプロンでしょう。わたくしも普段に軽くお料理するときは、エプロンをしないこともあるんですよ。」
そうお話しながらも、手元はさくさくと動いておりました。
「それじゃ、どうして今日は割烹着だったんだい。」
「実は一番機能的だからなんです。」

あく抜きのためさっと酢水に放し、数分後、水気を拭き取って煮立った蜜の中へ百合根の花びらを入れてゆきます。ほんの数分で美味しくゆであがるはずです。薄いピンク色に染めるために、今日は最後に数滴食紅を垂らしました。
濃度のある蜜の中を糸の様に流れてゆく紅の筋があっという間に広がって薄紅に染まってゆくのです。
わたくしは、火を止めて調理台に置いた絞ったふきんの上にその鍋を置きました。
「ほう、そんなもの家にあったかな。」
「いいえ、もしかしたらと持って来てみたんです。」
「ははは・・やっぱりね。ちょっとしたことだが、きれいなものだ。」
プロのフォトグラファーとしての色彩感覚ゆえでしょうか。
アイランド型のキッチンの、少し高くなったカウンターに手をついて高梨さんは飽きることがないようにわたくしの手元を覗き込んでいました。
今度は二つの鍋を並べて、右に薄い酢水に漬けた蓮根を火にかけ、左にマリネ液の元をあたためます。手元には塩でほんの少し殺して赤みを増した人参が竹ざるに上がっています。蓮根が煮上がれば、熱したマリネ液の中にともに浸して冷めるまで待てば出来上がりです。今日は大人二人のためのものですから、一緒に鷹の爪も1つ入れる事にしましょう。
「台所仕事なんて、ご覧になっていても退屈でしょう?」
「いいや、なんか手伝えるかと思ったが、あまり手際がいいんでちょっと手出しできないでいる。」
「ふふふ、お上手ね。ちゃんと習ったわけではないからあまり期待しないでくださいな。」
「謙遜だね。手つきを見ればだいたいわかる。きちんとした仕事のできる人間の手つきはまるで書を書くみたいに無駄がなくて、美しいものさ。」
「もう、そんな風に言っていただいたら、召し上がっていただいた時にすごくがっかりされてしまいそうでこわいわ。」
「いい写真が撮れた時はね、シャッターを押した瞬間に解るんだ。現像して紙焼きして引き延ばすまで待たなくても、解る。祥子さんの手つきはそんな感じだよ。」
くっきりとした太い眉の下の鋭いまなざしを和らげて、高梨さんはそうおっしゃいました。
「それじゃ、気分だけでもご馳走のつもりでいてくださいな。」
手元の蓮根をざるに上げ丁寧に水を切ってから冷めないうちに器に入れたマリネ液に移します。人参を入れて、鷹の爪を入れて・・・きちんと蓋をした器はキッチンの一番涼しい片隅に新聞紙を敷いたコーナーに並べます。

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「じゃ、あとは任せる。ちょっと白雪の散歩に行ってくるよ。」
「・・・はい。」
あら、撮影は? この方のことです。すぐに始められるとばかり思っておりました。
テーブルの向こうから伸びた大きな手が、わたくしの頬をなぞります。
「急がないよ。それに、僕がいないほうが気が楽に作業できるだろう。携帯は持っていくから、解らない時は電話をして。好きな様にしていてくれ。3日間は、僕のものなんだろう。」
「ええ。」
立ち上がり、高梨さんが選ばれた先ほどよりも厚手のコートを背後から着せかけて差し上げました。
扉一枚あけるだけで、すっと気温が下がるのがわかります。
「リビングは暖かいからね。そこにおいで。」
「はい。いってらっしゃい。」
「ああ。」
ちゅっ・・・ 玄関までお見送りをしたわたくしの唇に、まるで新婚の夫のようなキスをして、高梨さんはリードを手に白雪の待つお散歩に出掛けました。

わ・わん・わん・・・ はしゃぐ白雪の声が聞こえます。
次第に遠ざかってゆく鳴き声を聞きながら、わたくしは髪を束ねてからキッチンに向かいました。
キッチンは、広く、男性のお1人のものにしてはとても整理されていました。
1年の1/3は日本にいらっしゃらないはずなのに、高梨さんご自身がとても台所仕事がお好きかまめな方なのでしょう。
遠慮なく冷蔵庫を開けさせていただいて、用意してある素材をチェックしたのです。
牛肉のブロックが2種類、鶏肉、鴨肉、そして豚肉。
お魚はまぐろが3種類、鰤、かれい、きんめだい、いか、たこはお正月らしく紅色に酢締めされたもの。ぷりぷりとした生の筋子、それにもうお米のとぎ汁に漬けこまれている数の子、おいしそうなするめいかはまるのまま。
するめに昆布も3種類、ごまめ、かんぴょう、海苔・・・野菜は地のものを中心に一部彩りの京野菜やくわいまで用意されていました。
そして生蕎麦、角餅、かまぼこ、チーズ、黒豆・・・。
およそ、あとは技術さえあればいくらでもフルコースのおせち料理が準備できそうでした。
オーダーは、和食でした。
取り急ぎ下準備の必要なものから手がけるしかないでしょう。
3日間の大まかなメニューを決めて、まずはいかの塩辛づくりからはじめました。

お料理はほとんどが前もっての段取りが決めてです。
お野菜は洗って包丁を入れて・・・大鍋でお出しをとったり、乾物を浸したりとひとりきりの気軽さもあってお料理は少しずつですが整えられてゆきました。
含め煮の必要なお野菜は、炭のいろりに任せてあります。
今夜のための鴨ロースの酒蒸しの段取りを終えたところで、わたくしは明日の祝い膳のための飾り切りを始めたのです。
酢蓮のために、蓮根を花形に剥き、今日人参を薄い梅花剥きにします。
いかはウニをみりんで融いたたれを塗って炙る為に、松かさになるように包丁を入れると美しいですし、美味しく召し上がっていただけます。
カシャッ・・ シャッター音に気づいたのは、百合根を桜の花びらの形に飾り切りをしていた時でした。
「おかえりなさい。ごめんなさい、気づかなくて。」
囲炉裏の側の引き戸の所に、NIKON F6を構えた高梨さんがいらっしゃいました。

SnowWhite 8

そう聞いて、わたくしは少しだけほっとしたのです。
でも・・・。
「正直に言えば、僕に愛されている祥子さんもフィルムに納めたくなるかもしれない。でも、それは祥子さんの愛おしい一面を切り取るためで、よく市場に溢れている破廉恥な写真がほしいわけじゃない。」
わたくしは、即答できませんでした。
「現像はここの暗室で僕自身がする。アシスタントにも、見せない。祥子さんを撮らせてほしい。」
あまりに真剣な声でした。
はしたないお写真なら、わたくしの許しなど得なくても・・・忘我の境地の間に黙って撮る事もできるのです。こうしてきちんと了解を得ようとする以上、彼のフォトグラファーとしての望みなのでしょう。
高梨さんのあの深くて丸い声にここまで口説かれては、わたくしは拒否することなどできはしませんでした。
「わかりました。わたくしで宜しければ・・・。」
「ありがとう。祥子さんはいま一番興味ある被写体なんだ。」
「もう、恥ずかしいわ。お写真なんて久しぶりですもの。それでいつ、撮りますか?」
こちらに居る間にそういうお時間を作って撮影をするのだと、わたくしは思っておりました。
「いや、祥子さんは普通に過ごしていてください。カメラなんて全く意識しないでいい。ん、僕が少し熱く見つめているくらいに思っていてくれればいいよ。」
「緊張しちゃうわ。」
「ははは、祥子さんがそんなこと言うとは思わなかったよ。」
「あん、いじわるね。」
「そう。そんな顔も魅力的だよ。」
そういって、両手でフレームを作って覗き込む。
「ふふふ、モデル代たくさん頂かなくちゃいけませんね。」
「あはははは、やられたなぁ。」
最後の珈琲を飲み干して、ゆっくりと伸びをする高梨さんはとても寛いで見えました。
都会の街でお逢いする彼よりも、もっと。

「風呂の準備とか、そういうことはいつも通りだから僕がするよ。料理だけは頼む。」
「はい。」
「台所にあるものは、道具も食材も好きに使ってくれ。足りなければ、明日買いに行ってもいいしね。それと、表の畑の野菜も必要なら取ってくる。言ってくれ。」
「ええ。わかりました。」
「ふたりと一匹の気ままな年越しだ。のんびりしよう。」
おっしゃる通りでした。何かに縛られることもない、自然の中でのゆったりとした時間。
わたくしたちには、一番必要で贅沢な時間なのでしょう。
「さて、もう始めるかい?」
檜の柾目板に長針・短針だけが回るシンプルな時計は、そろそろ2時をさしていました。
「そうですね。あの、何か召し上がりたいものがございますか?」
「好き嫌いはないから大丈夫。出来たら、和食がいいかな。」
「ふふふ、珍しいのね。」
「美味しい日本酒を買ってある。」
「わかりました。あ、それからお雑煮はどんな味がお好みですか。」
「うちは醤油味のすまし汁だけど。」
「わたくしのところと一緒ですね。よかった。」
「けんかしないで済みそうだね。」
「ふふふ・・」「はははは・・・」
そうでした。
お料理についてゆっくりお話するなんてことも、いままではなかったのです。
1つずつ共通点を見つける度、わたくしたちはまるで少年と少女のように笑みを交わしたのです。

SnowWhite 7

「美味しいわ。」
「口に合ったみたいだね、良かったよ。祥子さんが珈琲好きなのは知っていたからね。ちょっと心配だった。」
「ふふふ、手つきが慣れてらしたわ。いつもは、ほらあの下のコーヒーショップでテイクアウトしてきてしまうでしょう。」
「ま、あそこはね。僕がいれるより旨いだろう。」
「いいえ、高梨さんのこの珈琲のほうが美味しいわ。」
「ははは、ありがとう。さぁ、パンにも手をのばしてくれ。このパンはね、ここの地元の人が焼いているパンなんだよ。」
ずっしりと持ち重みのあるヨーロッパ風のパンは、厳選された小麦と天然の酵母がえも言われぬ香りを醸し出しておりました。
「ドライ・イーストじゃなくて、天然酵母なんですね。干しぶどうからかしら、美味しいわ。」
「ほう、祥子さんには解るんだね。帰る日に店が開いてたら店主を紹介しよう。今みたいに言ってあげたらとても喜ぶ。」
「ふふふ、そんなこと。普通に市販されているパンとは格段に香りが違うからそう思っただけですわ。」
「石釜も自分で作っている凝り性のパン屋でね。若い頃フランスで食べたパンが忘れられないと頑張ってるんだ。割としっかりとしたパンばかりだから、市販のふわふわの食パンを食べ慣れたこのあたりの人には人気がないって、最近愚痴ってばかりでね。はは、祥子さんに会ったらきっと喜ぶ。」
「三が日に営業なさるかしら。もしお逢いできなくても、よろしくお伝えくださいな。」
「そうしますよ。」
スライスされたレーズンブレッドも、幾重にも折り畳まれたクロワッサンも。とても美味しいのです。
合成保存料のようなものは一切使っていないようでした。そのせいで夕方には堅くなってしまうのかもしれません。食べたいときに、食べるだけの焼きたてのパンが手に入る・・・なんて贅沢なことでしょう。

「祥子さんに、お願いがあるんだ。」
ふたりの近況を話し合いながらの昼食が、ほとんど終わりかけたころです。
お代わりの珈琲をあらためていれなおして下さった高梨さんが、改まった言葉を口にしたのです。
「なんですか?」
「祥子さんの写真が撮りたい。」
「お写真?」
「そうです。」
この方はプロの・・国際的に活躍されているフォトグラファーでした。今でもコレクションシーズンは日本にいることが出来ないほどの実力派です。
だからこそ、プロフェッショナルな彼の口からこの言葉が出る事などないだろうと、わたくしは勝手に思い込んでおりました。
「もう、ご冗談ばかり。」
「いや、冗談じゃない。」
「どんなお写真をお望みなんですか?」
美貴さんたちのように・・・わたくしのはしたない姿を手元にと、お考えなのでしょうか。
「あっ、なんか誤解してますね。恥ずかしい写真を撮らせてほしいと言っている訳ではないんです。そうですね、ここで過ごす祥子さんの日常の姿を撮らせてほしい。
白雪と遊ぶ祥子さん、台所で料理をする祥子さん、炉端で寛ぐ祥子さん、僕と話をしている祥子さん、お酒に酔う祥子さん。そんなあなたを写したい。仕事ではありません。あくまで、僕の個人的なコレクションです。」

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「ははははは・・・。この土地の人間とは祖父の代からの付き合いがある。人目に触れる場所であまり無茶なことはできないからね。その分だけ紳士だよ。それに、祥子さんのことはちゃんと迎えたかったしね。」
「ありがとうございます。そう言っていただけるとうれしいわ。それに、キスも。」
向き合う様に身体に腕を回している高梨さんの、二人の唾液で濡れて光る唇に・・・わたくしは左手の中指を這わせたのです。
「はは、ずっと溜めてたからな。そんな思わせぶりなことをするとすぐに襲いたくなってしまう。」
「もう、お食事でしょう。」
「祥子さんを先に食べるか。」
「ん・・だめ。」
駄々っ子のようなキスは、まるでサモエド犬の白雪が甘えるのと同じです。
キスを重ねれば、我慢できるのではなくて・・・より欲望が勝ってしまうことを解ってらして、わたくしの身体をまさぐりながら・・キスを続けるのです。
「祥子さんらしくないな、こんなスカート。せっかくの柔らかな身体が台無しだ。」
そうおっしゃりながら左手は膝丈のスカートを次第にたくし上げてゆくのです。
「お料理・・できなく・・なっちゃう・わ。」
「ああ、それは困る。祥子さんの手料理が食べられると聞いて材料しか買ってない。生野菜だけ齧るのはちょっと寂しいしな。」
「3日間は、あなただけのものです。だから、ね。」
それでも止まらない高梨さんの左手に、わたくしは右手を被せる様にしてそれ以上の淫らな行為を押しとどめたのです。

ふっと微笑んだ高梨さんの眼は、すぐに<しかたないね>というふうに和みました。
「ああ。じゃ、リビングに戻ろう。」
「すぐに行くわ。先に戻っていらして。」
わたくしは高梨さんの足元に落ちたバックを拾い上げ、白いエプロンだけを取り出してベッドの足元へ置きました。
そして、ようやくベッドルームをゆっくりと見回したのです。
いつもお逢いするレジデント棟の生活感のないお部屋とは違う・・・高梨さんらしい暖かさのあるお部屋でした。
木組みの壁や天井のせいもあるのかもしれません。
シンプルなインテリアのセンスにはかわりはないのですが、包み込むような安心感がその部屋にはありました。
「焼きたてのパンが堅くなるまえに、食事にしよう。」
「はい。」
リビングから高梨さんが呼ぶのです。
さきほどまでの駄々っ子がまるで別人のようになった彼の声に、わたくしはベッドルームのドアを閉めて高梨さんの待つリビングルームへと戻ったのです。

キッチンにはシュンシュンと音を立ててお湯が沸いておりました。
テーブルには、何種類かのペストリーと新鮮な野菜サラダが並んでいました。
「飲み物は珈琲でいいかな?」
「はい。あの、わたくしがいたしましょうか。」
「いや、窓側の席に座っていてくれればいいよ。」
床に座卓のような高さに置かれていたダイニングテーブルの足元は、掘りごたつのようなつくりになっていました。
もともと天高のある建物ですが、こうして腰掛ける事で一層空間を広く感じることができます。足元も木で覆われていて、仄かに暖かくさえ感じるのです。
「寒かったら、そこの膝掛けを使ってくれ。」
ペーパードリップ式の珈琲セットのようです。高梨さんは慣れた手つきでたっぷりの珈琲を落としてゆきます。
いつもと違う高梨さんは、ここが彼の真の生活の場なのだということを実感させました。
お湯であたためた2つのマグとサーバーをもった高梨さんが、向かい側に腰掛けます。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
珈琲は注がれただけで、いい香りが立ち上ります。
「いただきます。」
少し厚手の陶器が伝える熱は、指先から美味しさを伝えてきました。

SnowWhite 5

「あっと、その前に簡単にこの家の説明をしておくよ。こっちがリビングとキッチンだ。」
「はい。」
入ってすぐのそこは20畳ほどのフローリングの空間でした。
炭が赤々と燃える囲炉裏が切られたコーナーにはふっくらとしたムートンの一枚革が敷かれておりました。木を半割にした柾目の美しいダイニングテーブル。そしてその奥にアイランドスタイルのキッチンがありました。
「ここからテラスに出られる。夏ならバーベキューをしても気持ちいいが、いまは白雪の縄張りになっている。」
レースのカーテンの向こうには、リビングとほぼ同じ広さのウッドデッキのテラスが広がっておりました。先ほど車を停めたところから見上げた印象よりも大きく感じました。
「広いのね。」
テラスのはじには、白雪用の木製のケージに餌入れや水入れが置いてあります。
しつけがきちんとしているのでしょう。食べ散らかすこともなく、きれいになっておりました。
「彼には多少不満みたいだけどね。」
「ふふふ、あんなに大きいわんちゃんなのだもの。しかたないわ。」
「こっちに来て。」
テラスを見つめながら、自然とわたくしの腰に回した腕でリードしながら・・・高梨さんはキッチンの脇の扉を開けたのです。
化粧室・お風呂・高梨さんの仕事関係の本が置いてある図書室のような部屋・ゲストルーム。
そして最後に連れてゆかれたのが、メインベッドルームでした。

「ここで3日間、可愛がってあげるよ。祥子。」
「あ・ん・・・」
堪え切れない様に重ねられた高梨さんの唇は、記憶のとおり柔らかく・乾いておりました。
手に持っていたわたくしのバッグを足元に落とし、両手でわたくしの身体を確かめる様にかき抱くと・・・ディープキスを続けられたのです。
「ん・・ぁん・・・ぁ・・っく」
わたくしは、身体の力が抜けてゆくようでした。
室内に入ったとき、リビングよりは数度低く少し寒く感じた室温が・・・いまでは火照った身体に心地良くなるほどに、高梨さんの唇と舌はわたくしを高めていったのです。
「ぁん・・だめ・・」
頽れそうになる膝に力を入れて、あおのけられた顔を高梨さんの胸に手を突いて引き離したのです。

「お昼、いただくんでしょう。」
「放っておいたら、祥子さんは先に白雪にキスを許してしまいそうだからね。」
「もう。」
再び抱きしめた腕の力を、高梨さんは少しだけゆるめてくださいました。
「ここらへんは周囲の眼が厳しいからね、いつもみたいに外で祥子さんを可愛がるわけにはいかないんだ。」
「だから、紳士だったんですね。」
この方は、露出羞恥をお好みになる方でした。
わたくしはいままで、高梨さんのお住まいになるレジデント棟のあの部屋へゆくまでに2度ともコートの下の衣服を奪われて、はしたないお散歩を強要されたのですから。

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「お邪魔いたします。」
先に室内に入られた高梨さんを追う様に、扉を開けた途端に感じたのは・・・炭が燃える時の独特の芳香でした。
チィィ・・・っ。わたくしはロングブーツのファスナーを引き下ろしながら、檜造の建物の放つ香りと炭の芳香をたっぷりと胸に吸い込んだのです。

高梨さんのお宅にお邪魔する事が決まって、わたくしはどんな装いをすればいいのか、とても迷いました。
<武蔵五日市の駅><田舎の家>というのが、高梨さんがわたくしにくださったヒントでした。避暑に山を訪れる時の様に、街でわたくしが普通にしているスタイルは、山のお家だととても浮いてしまうだろうと思ったのです。それもホテルのようになにもせずにもてなしていただくだけのお客様なら、多少のエレガントな装いも許されたかもしれません。
が、今回は高梨さんのご自宅でふたりきりのはずでした。家事を全てこなす必要はないにせよ、せめてお食事の準備くらいはお手伝いできればと思っていたのです。
ジーンズでも持っていれば、それが一番この場にぴったりとした装いだったのかもしれません。ですが、残念ながらわたくしは1本もそのようなものを持っておりませんでした。

アウトドアブランドのカジュアルなスタイルがお好きな高梨さんに合わせて、カジュアルだけれど居心地の良いスタイルを、手持ちのワードローブから選んだのです。
ここで過ごすための昼間の装いに選んだのは、膝丈のブラックデニムのスカートに白のニットタートルでした。ハイゲージのツインのカーディガンはロングタイプでしたから、バックスキンを表遣いにして着こなしたコートの下でももたつくことはなくあたたかでした。
それに高梨さんが運んでくださった少し大きなバッグの中には、シンプルなエプロンと、室内着にと持って来たロングスカートと同じ素材のトップス。それに替えのランジェリーが入っておりました。
インナーは、お正月の改まった気分に合わせて、白のレースのものを用意して来たのです。レギンスは30デニールの黒のタイツ。暖かくて、でも肌が僅かに透けるものを選んだのです。
『着替えなんて気にしなくていいよ。』
高梨さんはメールでそう言ってくださいました。
いつもご一緒する、都心のレジデンス棟の一室ならすぐにありとあらゆるショップでお買い物も楽しめます。でも、流石にここでは・・・といただいていた大まかな住所を見て思ったのです。ここまでくる道すがらでも、わたくしのお洋服を買う為には車で片道1時間ほどもかかるでしょう。独身の高梨さんがお1人でお住まいのはずなのに・・・そんなふうに甘えるわけにはまいりません。
特になにもおっしゃらない高梨さんになにか趣向があるのか、とも思いましたがせっかくの休日をいつもよりも少しくだけた雰囲気のままで過ごさせていただこうと決めたのです。

「暖かいんですのね。」
玄関を上がってすぐ右の扉で高梨さんは待っていてくださいました。
「先に着替えるかい?」
「いいえ、この後のご予定がわからないからなんともですけれど、お料理をするなら済ませてしまったほうがいいかと思って。するべきことをしてから、ゆっくりさせていただきますわ。」
「ああ、そうだね。でもその前に昼食がまだだろう。一緒に食べよう。」
「ふふ、お腹がすいていたの。うれしいわ。」
わたくしは充分に暖められた玄関先で脱いだコートを、高梨さんに預けたのです。

SnowWhite 3

「名前はなんて言うんですか?」
「白雪っていう名前だ。」
「はくせつ?また難しい名前ね、どんな字を書くんですか?」
「白雪だよ。白雪姫の白雪。」
「あら、でもしらゆきちゃんじゃないってことは、男の子なんですか?」
「そうだよ。だから祥子さんの知らない若い牡が一頭一緒にいることになる。」
若い牡。その言葉に少しだけドキッとしました。
ただのペットなのです。
寂しがりやの犬種だということは知っておりました。きっと高梨さんがいらっしゃる間は、可愛いパートナーとしてお部屋で飼ってらっしゃるのでしょう。
「楽しみが1つ増えましたわ。」
「それならよかった。」
片頬で笑う高梨さんに、わたくしはほっと小さなため息をつきました。
考え過ぎ・・・・でした。1年前のお正月のせいでそんな風に考えてしまう自分の過剰反応に、わたくしは苦笑いをかみ殺すしかありませんでした。

まったくの山道になって数分。右の山肌を上ってゆく細い道へとパジェロがウインカーを上げました。
「もうすぐそこだよ。」
急な坂道を上り数軒の民家を通り過ぎると、その先には開けた畑が広がっていました。
道の正面。突き当たりの木組みの大きな平屋の玄関先に、はしゃぐ白い犬が見えたのです。
「あそこだ。」
「すてきね。ログハウスみたいな木組みのお家なのね。」
「よかった。そう言ってくれてうれしいよ。」
家の脇にパジェロを停めると、高梨さんはわたくしの荷物を持って先に下りてくださいました。
わたくしは、小さなハンドバッグだけを手に、車を下りたのです。
わふ・わふ・・わん・わん・・ 
飼い主と同じ様に太くて落ち着いた大型犬特有の鳴き声が、パジェロのドアを開けた途端に聞こえてきました。
長いリードで周囲を自由に動ける様にしているとはいえ、一人にされて寂しかったのでしょうか。高梨さんの姿を見るなり尻尾をぶんぶんと振って喜んでいるのがわかります。
飼い主とペットは似るといいますが、お髭の高梨さんの膝にじゃれている白雪は、もこもこの冬毛の表情がとてもキュートだったのです。
「はじめまして、白雪。よろしくね。」
一瞬、だれ?といった表情でわたくしを見たサモエドは、彼の前に膝を折って視線をさげたわたくしの側にきて2・3度、高梨さんとわたくしの顔を交互に見やると、わふ・・と一声鳴いて、差し出した手をぺろっと一舐めしてくれたのです。
「やっぱり祥子さんのことを気に入ったみたいだ。」
「そうですか。」
「ああ、ほら。もう甘えモードに入っている。」
白雪はわたくしに腰を押し付けるようにすると、撫でてくれと言わんがばかりに尻尾をふって、わふ・・と一声上げるのです。
厚くて白い毛皮の層は、まるで極上のムートンのようでした。
「ん、かわいいわ。わたくしのところではペットが飼えないから、こんな子を見ると羨ましくなっちゃう。」
「ここに居る間だけでも、堪能していったらいいよ。さ、これから3日間ゆっくり白雪とも過ごせるんだ。このままここに居たら凍えてしまうよ。家に入ろう」
立ち上がるわたくしのブーツの足元を白雪が何度も行き来をするのです。
「ごめんね。また後で、ゆっくり遊びましょう。」
つぶらな瞳で見上げる大きな白い犬の頭を撫でて、わたくしは高梨さんのご自宅へ入ったのです。

SnowWhite 2

「どこに連れて行かれるのか、不安かな?」
「いえ、わたくしを置き去りになんてしないでしょう。だったら平気ですわ。」
「置き去りどころか一人にもしたくないところだけどね。これから行くのはね、檜原村なんだよ。あと10キロくらい先になるけれどね。」
「はじめてですわ。以前奥多摩へ遊びに来た事はありますけれど。」
「そうだね、あんな雰囲気の場所だが、丁度この先に分岐点がある。祥子さんのことだから奥多摩は旅館にでも泊まったのかな。」
「ええ、もう随分前になります。まだ、人妻だったころですから、ふふふ、とっても昔ね。」
「うちはただの田舎家だから、あまり期待しないでくれ。家の前で少し野菜を作っているから新鮮なものを食べてもらえるくらいかな。」
「充分です。」
「そろそろ、お店がなくなるが必要なものがあれば買ってゆくよ。」
おっしゃる通りでした。道の左右にはもうコンビニなどはありません。地元の方が経営されるお店が林の間にぽつりぽつりと・・・並んでいるだけでした。
「必要なものは揃ってらっしゃるのでしょう。」
「一応はね。」
「でしたら構いませんわ。二人ですもの、あるものでさせていただきます。」

メールで高梨さんは『自宅に招くのだから食事などあまり期待しないでくれ』とおっしゃってました。
そこで『台所を使わせていただけるのなら、簡単なものでよろしければわたくしに作らせてください。』とお返事をしておいたのです。
『手料理が食べられるのか、それは嬉しいな。』というのが、打ち合わせの最後に高梨さんが送ってくださったお返事だったのです。

「それと、二人きりじゃないんだ。」
「えっ。」
わたくしは、まさかと思いました。いつも二人きりでお逢いする高梨さんが、まさか他の方を・・・それもわたくしが存じ上げているとすれば、あのカメラのアシスタントをされている若い方だけです。
「祥子さんは、動物は苦手かな?」
「いいえ。そうですね、特殊なは虫類とかでなければ、好きですよ。」
「びっくりするといけないから話しておくよ。うちにはサモエドが居るんだ。」
「サモエドってあの・・・シベリアにいる大きな白い犬?」
二人きりじゃない、というのはそういうことだったのです。
まったく存じ上げない他の男性と一緒じゃなくて・・・良かったと、思いました。
「そう、まだ若いからさほど大きくはないが20キロくらいはある。大型犬は苦手かな?」
「いいえ。大きいわんちゃんのが好きだわ。それにたしかとっても人なつこい犬種じゃなかったかしら。」
「ああ、祥子さんの側を離れなくなってしまうかもしれないな。」
「ふふふ、やきもちを妬いたりしないでくださいね。」
「僕がかい。はははは・・気をつけるよ。」
きっと可愛がっていらっしゃるのでしょう。
こんなふうにお話しても、もしかしたらやきもちを妬くのはわたくしのほうになってしまうのかもしれません。

SnowWhite 1

大晦日の午前11時21分。
わたくしは、大きめの荷物を1つ持って武蔵五日市駅の南口に降り立ちました。
年末年始を一緒に過ごそうとご連絡くださった方との待ち合わせのためでした。
最初は都内までわたくしを迎えに来るとおっしゃった方に、中央道の渋滞のなかわざわざお越しいただくまではないと、ここでの待ち合わせをすることに決めたのです。
お約束は11時30分。
まだ新しい感じなのに手書きの駅名看板・レンガづくりのような駅舎がどこかほっとさせる印象を持った駅でした。
南口前のロータリーは、バスやタクシーがぽつりぽつりと・・・左手の奥にある駐車スペースには、帰省する家族を迎えるためでしょうか、何台かの車が停まっておりました。
待ち合わせまで、あと数分。ロータリーを見回しても、心当たりの車などありません。当たり前です。わたくしはどんな車が迎えにくるのか・・・何一つ聞いていなかったのですから。
駅前を吹く風は、暖冬だと言われている東京にあって、山の厳しい冷たさを感じさせるものでした。そう、今年のお正月に訪れた雪の別荘の空気感に似ている・・といえば言えたでしょうか。

1枚革のリバーシブルになったミンクのロングコートの襟を掻き合わせたところで、クラクションが2つ鳴らされて、ミラノレッドのパジェロが眼の前に停まったのです。
「すまない。待たせたかな。」
「いいえ、まだお時間の前ですもの。お手数をお掛けします。」
わたくしが逆らう事のできない、深くて豊かな声は・・・桜の時期からなにも変わっていらっしゃいませんでした。
「あの、荷物は後ろに入れてもいいですか?」
「ああ、そうしてくれ。」
いつものお仕事用のバンは助手さんに運転させている高梨さんが、きっちりとシートベルトを締めて、パジェロの革のシートに収まってらっしゃいます。
わたくしはショートボディのリアドアを開けて、手にしたバッグをリアシートに置き、それから助手席に改めて座りました。
当たり前のようにシートベルトを締めるわたくしを確かめてから、ゆっくりと車を発進させます。
パジェロは駅前のロータリーを右へ、真っすぐに進んでゆきました。

「お元気そうでよかったわ。お言葉に甘えてここまで来てしまいました。」
「うれしいよ。祥子さんとこうして一緒に過ごせるなんて。」
「わたくしの方こそ。こちらは高梨さんの別荘なの?」
「ははは、そんなに優雅なもんじゃないよ。そうだね、どちらかといえば、本宅だ。」
「本宅?」
眼の前を流れる標識には<檜原街道>という文字が見えました。
警察署を過ぎ住宅街を抜けてゆくのですが、道の先には杉の木に覆われた山がそびえているのです。
「祥子さんとは、いつも六本木のアトリエでばかり逢っているからね。ここは、本当の自宅になるんだ。祖父から譲られた土地でね、気に入っている。だけど仕事にはあまりに不便だから、六本木にいることも多くてね。」
「そうでしたの。ご両親もこちらに?」
「いや、いまは弟夫婦と福岡で暮らしている。もうこの年齢で里帰りでもないからね。それに年があければまたすぐに海外生活だ。だから毎年正月はここで過ごしているんだよ。」
「去年もあの第九の後?」
「そう、祥子さんが帰ったあとここに戻ってきた。」
<本宿>と書かれた信号の手前には、大きな檜原村役場の建物と左手に曾ての本陣にあたるのでしょうか・・・立派な和風の建物がありました。

閑話休題(インターミッション) 17-2

昨日の<閑話休題 17>いかがでしたでしょうか。
早速、コメントも頂戴し誠にありがとうございました。
こちらのブログではなかなか皆様とのコミュニケーションを密に取る事が出来ないのが、わたくしの悩みでした。
そこで・・・新しいブログを立ち上げることにいたしました。

<淑やかな川柳>

淑やかな彩の別館になります。
各月ごとにお出しするお題に添って投稿していただいた川柳を、ご紹介するのと同時に投稿していただいた方のブログをご紹介する予定です。
お題をご用意して、本日、昼の12時よりスタートいたします。
どうか<別館/淑やかな川柳>も宜しくお願い申し上げます。

閑話休題(インターミッション) 17

2007年第一弾<黒衣の情人>いかがでしたでしょうか。
真性Sの長谷川さんとわたくしとの逢瀬。
昨年末にかけてお届けした甘く優しい時間とは違う一夜に慣れた眼には、少しハードだったかもしれませんね。
さて、今回の閑話休題は長谷川さんにちなんで<SM川柳>をお届けしようと思います。

実はこの<SM川柳>。 
悪鬼様が運営されていた一風変わったブログ・SM川柳にわたくしが投稿させていただいていたものです。いまはSM川柳のブログはお休みになってるようです。悪鬼様のお仕事の関係もあって復活も難しいようですが、先日お元気なコメントも頂戴してほっとしたところです。
<淑やかな彩>にお越しいただいている皆様の中でも、さやか様・縄指導様をはじめとして、SM川柳で出会った方も沢山いらっしゃるんですよ。

お届けするのは、全55首。
投稿させていただいた時には『お題』に合わせていたのですが、投稿時の順序や三連歌・五連歌・七連歌といった形式も全て崩し、Sの方がお好みになる責めに合わせて再編集をしてみました。
当然、投稿当時に解説をさせていただいた内容とは違う意味を持たせたものもありますが・・・それはどうぞ、ご容赦下さいませ。
それでは川柳で綴る<十一の男と女の情景>。
どうぞお楽しみくださいませ。

黒衣の情人 41

「緊縛にも、鞭にも、水責めにも、」
「ぁぁぁぁああ・・・やぁぁ・・・」
「蝋燭責めにも、踏みつけにも、言葉責めにも、屈辱的な足舐めにも、」
「おね・・がぁぁぁあ・・・いぃぃ・・ぃぃ・・」
「こんなに花びらを濡らして、耐える表情で僕をそそる。」
「ああ・・また・ぁぁ・・・」
「なんて、女なんだ。」
「あぁっ・・そこぉ・・・だめぇぇぇ・・・」
ずん・ずん・・ 子宮口を突き上げるような・・・長谷川さんの動きに・・わたくしは奥からきゅぅぅっと締めつけるしかできません。
そして締め付けは、一層強い快感をわたくしに与えるのです。
「やぁぁ・・いっちゃうぅぅ・・・」
もう何度極めたでしょう。
いえ、達した後・・・元の平静な状態に戻る事を許されず・・・何度もなんども・・達し続けさせられていたのです。

「ごしゅじん・・さまぁぁ・・・」
「なんだい、祥子。」
長谷川さんの息も荒くなっておりました。激しい行為に、重ねられた上半身には彼の汗が滴っていたのです。
「せいえき・・を・・・しょうこにぃぃ・・・くださぁぁいぃぃ」
「もう一度、ちゃんと、お願い、するんだ。」
「ごしゅじん・・さまのぉ・・せいえき・・でぇぇ・・・しょう・こ・・のなか・・をぉぉ・・・まっしろに・・してぇぇぇ・・・」
見開いたつもりの瞳も・・・白く霞んでおりました。
打ちっぱなしのコンクリートの黒々とした天井を、工事用照明の白い光の粒子が紗をかけたように明るくし、その中に長谷川さんのアッシュグレーの前髪が揺れていたのです。
「ああ、してやる、祥子の子宮を、真っ白に、してやる。」
「ぁぁぁぁあああ、いっちゃうぅぅぅ・・・」
「逝け!もっとだ!!! 逝け!祥子!!」
「あぁあぁっ・・・」
手首をくくった綿縄が、ウエストを縛った綿縄が・・・わたくしの白い肌に摩擦熱とともにきつく食い込むほどに・・深く・ふかく・・達してしまったのです。
締め付ける蜜壷から押し出されない様に更に深く打ち込まれた長谷川さんの塊から、熱い精液が迸ったのは・・・彼の唇で喘ぎを放つわたくしの口を覆われた時でした。


祥子からの手紙ー17

「いつも、全てを責めたいと思いながら、こうして堪え切れずに祥子さんを犯してしまう。」
わたくしの縄を解いた長谷川さんは、ふらつくわたくしを水責めにした場所でシャワーで清めた後、再びジャグジーへと誘ったのです。
「まだ、ご満足していただけなかったのですか?」
彼の長い手足の中に抱きとめられたわたくしは、先ほどの熱蝋がわたくしの肌を全く焼いてはいないことに気づいておりました。
それでも、前回よりも厳しい責めをここまで繰り広げておいて・・・まだ全てではないとは・・・。
「いや、満足した。こんなに逝けるのは、祥子さんとだけです。」
ほんとう? わたくしは黙ったままで首を傾げて長谷川さんを見上げたのです。
「普通のMが相手なら、決してセックスはしない。それが僕のプレイなんだよ。でも、祥子さんとはどうしてもこうして身体を重ねたくなってしまう。信条を曲げたくはないが、ここまでしないと満足出来ない相手など僕にとっては祥子さんだけなんだ。」
二人が身を浸すジャグジーには、まるで真紅の薔薇の花びらのように蝋の欠片が散らばっておりました。
「心から愛する相手と交わる快感はなにものにも代え難いということを、祥子さん、君と出逢って初めて知ったよ。」
穏やかな長谷川さんの声に、わたくしはほっとして・・・
「ん・ん・・ぁ・・」
今度はわたくしから、見下ろす長谷川さんに口づけをしたのです。

「今夜は本当に祥子さんは甘えただね。」
甘い口づけを終えて広い胸に抱き取られたわたくしの頭に、顎を乗せて長谷川さんは優しくそうおっしゃいました。
「疲れたろう。ベッドは少し奥まった場所にある、夜明けまでまだ時間はある。今夜はゆっくりと眠ろう。」
「・・・は・い。」

翌朝、長谷川さんのベンツで自宅の近くまで送っていただくまで、彼はずっと紳士でした。
でも・・・ふふふ。
朝のベッドの中での優しい長谷川さんのことは、ないしょ・・・です。

黒衣の情人 40

静かにバスローブを脱いだ長谷川さんの中心には、濡れそぼってそそり立つ塊がありました。
「あぁぁっ・・・」
ぴちゅぅ・ぅ・・・ 長谷川さんの指は、彼の前に開かれた花びらの上をなぞったのです。
「祥子の身体は充分に準備が出来ているみたいだ。このまま、抱かせてもらうよ。」

「あっ・・くっ・・ぁぁぁぁぁぁ・・」
仰向けに脚を開いて大理石のテーブルに括り付けたままのわたくしに覆い被さるようにして、長谷川さんは花びらの奥へとて長く反り返った塊を突き入れていったのです。
ごつごつと血管の浮いた幹は、中程でぐっと太くなり・・・一度中程までを全てわたくしに愛液まみれにした後で・・入り口まで引き抜き・・・一気に最奥まで攻め込むのです。
「あうぅっ・・・はぁぁっ・・・・」
大理石のベッドにウエストまで括りつけられたわたくしは、快楽から逃れる術もありませんでした。
わたくしに自由になるのは頭とそして蜜壷の中だけ。
なのに送り込まれる快楽に左右に触れる唇を長身な長谷川さんは捉えて、蜜壷と同じ様に貪られるのです。
くちゅ・・・ くちゅ・・・
2つのはしたない水音がわたくしの身体から同時に上がるのです。
塊の突き上げに揺れるGカップの乳房の脇に置かれた長谷川さんの両腕だけが、二人の淫楽を支えてくださっていたのです。
「ああっ・・・いぃぃ・・・おかしく・・なるぅぅ・・・」
身体の自由が効かないというのは、これほどまでに狂おしいものでしょうか。
どこにも逃れようのない快楽は、わたくしの声を一層艶めかせ、蜜壷を幾度もいくども・・ひくつかせるのです。
「僕の縄で、身体で狂うんだ、祥子。もっと、もっと感じろ。」
「あぁぁ・・いっちゃうぅぅ・・・」
「まだだ。なんて言えばいいのか忘れたのか、祥子。」
「ゆるし・・て・・ぇぇぇ・・・いっても・・いいですかぁぁ・・・ごしゅじん・・さまぁぁぁ・・・」
「ああ、逝け!祥子!!」
長谷川さんは冷静なままわたくしの中をかき回してゆくのです。
思いもしなかった責めに苛まれた身には、ぴったりと触れ合った長谷川さんのしなやかな身体の暖かさすら・・・快感だったのです。
「いくぅ・・いっちゃうっ・・・」
きしっ・・・ 動けない身体はそれでも身内を駆け抜ける淫楽に、縄をきしませるほどに身体を反らせていたのです。

内装の施されていないビルの中に、絶頂の喘ぎ声が淫らにこだましたことさえ・・・この時のわたくしは気づいていなかったのです。
「ふっ、こんなに締め付けて。祥子は真性のMだな。」
「あぁぁ・・・まだ・・・ぁあ・・ゆるして・・・」
絶頂の余韻の引かない身体に、深く打ち込まれたままだった長谷川さんの塊の抽送が再開されるのです。

黒衣の情人 39

「わかったかい、祥子。僕の君を思う気持ちを。」
脳裏に一瞬浮かべた苦痛に再び怯えた眼差しと、記憶の中の熱と苦痛に耐える表情を浮かべたわたくしを見つめた長谷川さんは、一言そうおっしゃったのです。
わたくしは見てしまったのです。
見上げた視線の先、わたくしの乳房を踏みつけるが故に開いたバスローブの裾から覗く彼の塊は、一層昂り・ひくひくと震えていたのです。
「・・・は・い。ありがとうございます。」
「そうか、祥子は素直なMだね。それじゃ、ちゃんと感謝は態度で表さないとね。」
満足そうに口元に笑みを浮かべた長谷川さんは、わたくしを踏みつけていた左足を下ろすと、右足をわたくしの口元に持ってらしたのです。
「舐めるんだ。感謝を込めて。僕の足の指を一本づつ。できるね、祥子。」

ちゅぷ・・・ 
わたくしは唇に押し当てられた長谷川さんの右足の親指から口に含んだのです。
まるで、彼自身を口戯するのと同じ様に足指の爪側・裏側だけでなく、指の間まで丹念に舌を這わせました。
さきほど、長谷川さんはジャグジーで身体を清めていらっしゃいました。
そしてわたくしの身体を踏みつけ、剥がした蝋の残る左足ではなく右足を差し出されたのです。
純粋に、この行為が生む精神的・肉体的な快感を望んでいらっしゃることは充分にわかっておりました。
ちゅぷぁ・・
人差し指と中指は同時に口に含みました。二指の間に舌を這わせ・・それぞれの指の外側は唇で・・・時に指頭を前歯でかるくしごきます。
「ああ、いいよ祥子。そうだ、感謝の気持ちが良くわかるよ。」
ちゅぷ・・
薬指と小指も先ほどと同様に・・・。わたくしは美貴さんに犯されながら望月さんにこうして足指を舐られたときのことを思い出しておりました。
わたくしをはしたないほどに乱れさせたのは、蜜壷の中の美貴さんの塊であると同時に、初めて知った足指への愛撫だったからです。
あの時のわたくしと同じ快感を、いま長谷川さんも感じてらっしゃるのかと思うと・・・もっと感じていただきたいと思ってしまうのです。
ちゅぱ・・
もう一度含んだ親指を、今度は指の腹に前歯を当てる様にして・・・根元から指先まで柔らかく扱いてゆきます。
「ああっ、祥子。」
ようやく満足なさったのでしょうか。わたくしの口元から長谷川さんの足が引かれてゆきました。

「どこで覚えた。僕はまださせたことはなかったはずだ。」
「・・・いいえ、わたくしもはじめて・・です。」
「ふっ、それでこれか。」
「あの・・・ご主人様のお身体ですから・・フェラチオと同じにさせていただいたのですが、お気に召しませんでしたか?」
「いや。そんなことはない。だがね、祥子。これでとうとう縄を解くのがもう少し延びてしまったよ。可哀想だがね。」
「えっ・・」
それだけおっしゃると、長谷川さんは開いて括られたわたくしの脚側へと歩いてゆかれたのです。
「蝋燭責めに耐える祥子の涙を味わった時、すぐにでもこの身体を抱きたくなった。でも、あまりに消耗している祥子が可哀想だと思って耐える為にさせた行為が裏目に出たようだよ。」

黒衣の情人 38

「こっちもか?」
「あっ・あ・・ゆるし・て・・・」
今度は手前の乳房を踏みつけたのです。
「ゆるして?こうして僕の足で蝋を落としてるのに?何を許すというんだい、祥子。」
「あぁぁ・・・」
蝋燭の熱で敏感になった乳房は、ぐりぐりと踏みつける長谷川さんの足と自らの肋骨の間で柔肉を握りつぶされているような痛みと、先端を嬲られる快美感に晒されておりました。
固まった蝋を剥がされる軽い痛みの後、わたくしの呻きは次第に淫楽の色を帯びはじめてしまったのです。
「ここもか?」
柔らかな腹部を、長谷川さんの足が踏みつけます。
白いほとんど刺激を知らないわたくしのお腹の上で蝋がぱきっと割れる音がいたします。
「う・うっ・・・」
「ここは綺麗に剥がれる。」
きっと力加減をしてくださっているのでしょう。本気で踏みつけられたらわたくしは痛みで気を失ってしまったかもしれません。
それでも、内臓に埋め込むように繰り出される踵や指先に、わたくしは眉根を寄せ・・・呻きを殺す事ができませんでした。
「祥子、僕の足が気に入ったかい?」
「あぁっ・・・」
蝋を滴らせた場所を全て踏みつけた長谷川さんの足は、わたくしの頬を襲ったのです。
「これで祥子の身体から綺麗に蝋を落とす事ができる。」
「ゆるし・・て・・」
初めてでした。以前、乳房を年若いセフレに踏みつけられたことはありました。
でも、踏む力もそしてかつて踏まれた以外の場所を・・・それも顔を・・・<足>で踏みつけられることも、初めてでした。

「こうして身体に付いた蝋を落とすのに、いつもなら吊るして鞭で打つんだ。」
「いやぁ・・・」
「祥子は今日はもう僕の鞭に耐えたからね、なのに無傷のここや・・」
「あうっ」
顔の上の足が再び乳房を、それも踵で乳首を踏みつぶすように躙るのです。
「やわらかいこんなところまで・・」
「うっくっ」
足裏全体に力をいれて、ぐっと白い腹部にまるで埋め込む様に・・・踏みつけたのです。
「あの細革のバガラワで傷つけたくなかったからこうしたんだよ、祥子。」
「あぁっ」
もう一つの乳房を真上からずん・・と足裏が襲います。そして話しながらつま先から踵までゆっくりと掛けている体重の場所を変えてゆくのです。
「それとも鞭の方が良かったかな、祥子。もういちど蝋を垂らすところからやり直してあげようか?」
「いやっ・・・おねがい・・ゆるし・て・・だめっ・・」
またこの身体に熱蝋を浴び、背中に受けたのと同じ鞭を柔らかな身体の前面の皮膚・・・それもとても感じ易い場所に蝋が落ちるまで徹底して受けなくてはならないなんて、たとえ想像でもとても耐えられませんでした。

黒衣の情人 37

「やっ・・・」
熱蝋が・・・ストップモーションのように1滴・1滴・・・わたくしに滴り落ちてくるのです。
「あぅっっっぃぃぃぃ・・・」
一旦は蝋で責められ放置された左の乳房は、先に垂らされた蝋が乳房の形に冷えて固まっておりました。
その冷たい赤い蝋燭さえ新たな蝋の熱で再び溶け出し、一緒になって・・・青く血管を透かせた白い肌を、男性の舌の感触にさえ悶えてしまう乳首を・・・責めたてるのです。
「目を逸らすな、祥子。」
蝋は今度は滝のように一気に右の乳房へ垂れ落とされたのです。
「ひぃぃ・・あ・っつぅぅぅいぃぃぃ」
まだ薄い右の蝋の層は、左とは比べ物にならない熱を痛みを突きつけるのです。
会話の間に溜め込まれた熱蝋は、わたくしの乳房の丘をデコルテへ向かって流れ落ちるほどの量になっていました。
太い蝋燭の縁から炎が見えるまで傾けられた時には、わたくしは両の眦から涙を流してきつく痛みに閉じてしまっていました。

でも、もうそのことを責めたりはされませんでした。
「祥子には赤が似合うな。今度会う時は赤のランジェリーをプレゼントしよう。」
ふっ・・と蝋燭を吹き消すと、括られた白い裸体に広がる赤い蝋の絵画を満足そうに眺めてらっしゃるようでした。
「祥子、もう蝋燭は消したよ。こっちをご覧。」
次の声は、わたくしの左の耳元でいたしました。
顔を傾けて、わたくしはようやく眼を見開いたのです。
眼の前には優しく微笑む長谷川さんの顔がありました。涙の痕を指先で拭ってくださいました。
「はじめてだったのかい?」
「・・・え・え はじめて・・です。」
「声が掠れてるね。可哀想に。」
そしてわたくしの涙に濡れた指先を・・舌先で拭うのです。
「祥子は、涙まで薔薇の香りがする。」
「ゃ・・・。」
「いや、本当だ。なんてそそる女なんだ。嗜虐に酔って濡らす身体なのに、涙は高貴なまま、そして表情もこんなに身体が感じているのに淫らさを表しもしない。」
長谷川さんはすっくと立ち上がられたのです。

見上げたわたくしの眼の前を、昂りバスローブを押し上げる彼の塊もその存在を露にしたのです。
「気が変わった。」
「あうっ」
長谷川さんの左足が、わたくしの蝋に覆われた右の乳房を踏みつけたのです。
彼の足の下で真っ赤な蝋は粉々にくだけていったのです。
「いい弾力だ。祥子。この乳房は僕の足の裏まで気持ちよくさせる。」
「うっ・・やぁ・・いたぁ・・ぃ」
足指が乱暴に固まった蝋涙を崩し、白い柔らかな肌から引きはがし・・・そして足の親指と人差し指で、立ち上がったままにされた乳首を捻り上げたのです。

黒衣の情人 36

「もう一度言う。見るんだ、祥子。」
堅く・冷酷に長谷川さんの声がわたくしに降り注ぎます。
「眼を開けるまで、融けた蝋を溜め続けるだけだ。そんなに一気に浴びる蝋燭が気に入ったのか?祥子は。」
わたくしは自分のしていることが、どんな結果を生むのかを彼の言葉で知らされたのです。
それでも、眼を開け・赤い蝋燭を見つめることができませんでした。
「そうか、そんなに気に入ったのか?」
ふるふると、瞳を閉じたまま首を大きく横に振ったのです。
「本当かい?そんなふうにいやいやをしても確かめれば簡単に解る事だよ。どれ?」
「ぁあっ・・ゃ・・」
長谷川さんの指が、広げられたまま括られた左右の脚の付け根の茂みを・・・茂みを載せた丘をくつろげたのです。

くちゅ・・ はしたない水音が虚空に響きます。
「みちゃ・・・だ・め・・」
「ふふふ、気に入ったようだね。祥子の身体は正直だよ。こんなにここを大きくして」
「あぁぁっ・・・」
広げられたまま、はしたなく覗いた真珠を長谷川さんの指が撫で上げたのです。
「ぐしょぐしょじゃないか。なにが嫌だ。蝋責めでこんなに濡らすほど感じている。ほんとうに淫らなMなんだね、祥子は。」
「いやぁ・・・」
「見るんだ。このまま、眼を開けなければここに蝋を垂らす事にする。大丈夫だ、火傷などしない。それを喜ぶMだっているくらいだからね。はじめての蝋責めで祥子は花びらの蝋型を取ってもらいたいと言うんだね。」
「だめ・・だめです。」
わたくしは恐怖に負けました。乳房に・・・乳首に何度も・・そして腹部に・・・滴らせられた蝋涙は、火傷などしないと何度説明をされても、あまりにも熱く皮膚の奥まで突き刺さる様だったからです。

「ゆるして・・くだ・さ・い・・おねがい。」
見下ろす長谷川さんの視線は、わたくしの脚側にありました。わたくしの茂みに覆われた丘はまだ彼の手に開かれたままだったのです。
「どうか・・ゆるしてくだ・さい・・・たすけ・て・・」
見開いた瞳は恐怖に潤み睫毛には涙の雫がまぶされていたことでしょう。
ゆっくりと長谷川さんはわたくしの丘を閉じ手を離してくださったのです。
「祥子、覚えておきなさい。僕は祥子のそんな顔も大好きなんだ。自信に満ちた美しい理知的な祥子も好きだ。だが、怯えた仔犬のようなその瞳にもたまらなくそそられる。涙を流して許しを乞う祥子は、僕だけのものだ。」
「やっ・・・」
「眼を閉じるんじゃない! 見るんだ!」
もう随分の時間、融けた蝋は長谷川さんの持つ真っ赤な蝋燭の上に溜まり続けているはずです。ほんの少し傾けはじめた長谷川さんの手の動きに顔を背けようとしたわたくしに、長谷川さんの叱責が走りました。
「・・は・い」
「僕を見ろ。眼を逸らすんじゃない!」
恐怖で溢れる涙で霞む視界をわたくしは長谷川さんの声の方へと意志の力で引き戻しました。

黒衣の情人 35

「祥子。」
「・・・は・・・ぃ」
敏感な肌に与えられる想像以上の熱い刺激に、わたくしは意識をとらえられていたのです。一瞬、現実の火のついた蝋燭を持つ長谷川さんの呼びかけに答えるタイミングが遅れてしまいました。
ぽた・・っ・・・
「あつぅぅ・・・いぃぃ・・・」
黒い縄が横切る真っ白い腹部に数滴の蝋が滴り落ちてきました。
わたくしは出来るはずもないのに、思わず上体を起こし無防備なその場所を守ろうとしたのです。普段から刺激を受ける事のほとんどない場所に、その熱さは予想を超えて肌を焼くほどに思えたからです。
「祥子。」
「は・・い。」
「祥子、こちらを見なさい。」
そう言われて、わたくしははじめてきつく眼を閉じていたことに気づきました。

眩しい光の中、黒いバスローブに包まれた長谷川さんのアッシュグレイの髪と厳しい表情がありました。
内装工事の始まっていない高層ビル34階の工事現場の打ちっぱなしの天井は、黒々とした闇に飲み込まれていて、まるで長谷川さんをいつもの黒衣の装いを思わせたのです。
「これはね・・・」
「あっ・・・やめて・・」
「怯えなくていい。垂らしたりはしないよ、祥子。これはね、低温蝋燭だ。君の肌を焼かない様に融点の低い蝋をこうして溶かしてからしか、落としたりしない。」
「でも・・あついの・・」
「ああ、そのためのものだからね。でも、決してやけどなどさせない。解っているね。」
わたくしは、長谷川さんを見つめたままふるふると首を横に振ったのです。
それは、彼を信じていないからではありませんでした。
視線の上に差し出された真っ赤な太い蝋燭とその先に黒煙を巻き付けながら揺らめく炎・・・わたくしから見てもいつ滴り落ちてもおかしくはない蝋涙が・・・怖かったからです。
「信じられないのか?」
眉根を寄せる長谷川さんの表情が、少し傷ついたように見えたのです。
「いいえ。信じております・・・ご主人様。でも・・・」
「でも?」
「こわ・・い・・・」
「こわい? 僕がか?」
「ちがい・ま・す・・」
「それじゃ何が怖いんだ?」
「その・・ろうそく・・が・・」
「これがか。」

「きゃぁぁ・・・ぁぁぁ・・・」
ずっと太い蝋燭の頂点に溜め続けられたいた熱蝋が、長谷川さんの微笑みと同時に一気にまだ一滴も垂らされていない右の乳房に落とされたのです。
「あぁぁ・・あつい・・ぉぉぉぁぁぁ」
「祥子! 見るんだ。」
わたくしが見る事のできたのは、蝋燭が傾けられたところまで・・・だったのです。
肌にふりかかる蝋を視認することなく、熱とそれにともなう焼け付く痛みに耐えるために顔を背けきつく眼を閉じてしまっていました。

黒衣の情人 34

キシュ・・・ 湿気を含んだバスローブの腰紐が悲鳴のような音を立てて解かれてゆきました。
「あっ・・・」
きっと・・・あのときのように、剃毛されてしまうのでしょう。
この方は口にされたことを、必ず実行される方でした。
目を閉じて、工事用照明の反対側へと顔を背けたわたくしを長谷川さんはご覧になったはずです。それでも、まるでクリスマスプレゼントのラッピングを解く様に、ゆっくりと丁寧にバスローブの前を開いてゆかれたのです。
素肌に触れる空気の温度で、わたくしは何も身に付けていない身体の前面が、長谷川さんの眼の前に露になったことを感じました。
ベッドとは違う、硬質な大理石のテーブルはヒップの盛り上がりの分だけ・・・はしたなく開かされた茂みに覆われた花園を突き出させ、肩甲骨の高さの分だけ・・・柔らかくまぁるく撓るGカップの白い乳房を突き出させていたのです。
「あぅっ・・・」
バスローブをすでに開かれたウエストの前面に、思いもしない縄が走り、柔らかな皮膚に摩擦熱を感じたとき、わたくしは思わず呻き声を上げてしまったのです。
その縄は、わたくしの身体とテーブルをしっかりとくくりつけていたのです。
やわらかな腹部に食い込むほどにその縄は引き締められ、縄止めをされました。
「苦しくないか?」
「・・はい。」
わたくしは、軽く目を閉じたまま答えました。
長谷川さんは緊縛の間、ほとんど会話をなさいませんでした。安全のためにわたくしに無理がないか確認するほかはほとんど無言で黙々と縄と扱われるのです。
その姿はわたくしを満足のゆく形に括り付けた後の、饒舌なまでの言葉責めとはとても対照的でした。

わたくしの身体が決して動かない様に、ここまでするのです。
鋭敏な剃刀を使う行為。1年を待たずに・・・わたくしはまた花びらを覆う茂みをなくすことになるのだと・・・覚悟をしたのです。

「あつっ・・・」
わたくしに与えられたお仕置きは、剃毛ではありませんでした。
想像もしない熱感に、思わず見開いた眼に映ったのは火を点けられた赤く太い蝋燭だったのです。
「ぃ・・ひぃ・ぁぁ・・」
熱蝋が恐怖に身じろぎをするたびに揺れる乳房の傾斜を垂れ落ちてゆくのです。
「あっっぅぃぃ・・ゆるし・・て・・」
ぼ・たた・・たっ・・・・
「あぁぅぅ・・ぅぅぅ・・」
「祥子の本気の悲鳴を聞けるとは嬉しいね。」
「ひぃぃ・・・・ぁぅぅぅ・・・」
恐怖に大きく立ち上がった乳首に、熱蝋が直接垂らされたのです。長谷川さんの立つわたくしの左側の乳房だけに、赤い印は刻々と増えてゆきました。
「熱いのか?祥子。」
「は・い・・・あつい・で・す・・やぁぁぁ・・・っ」
重なる様に滴らせた熱蝋も、わたくしの乳房にとっては同じだけのひりつく熱を与えるのです。先端に続けて垂れ落ちた蝋は、気まぐれに四方へ・・・初めて蝋責めを受ける白い処女地へと真っ赤な舌を伸ばしてゆきます。

黒衣の情人 33

同じような場所に座りなさいと言われた今年のお正月の出来事をわたくしは思い出しておりました。
真紅の湯文字だけの姿で、わたくしは石塚さんの雪の別荘の暖炉の前のテーブルに括られて・・・茂みを全て剃り落されてしまったのです。
まさか・・長谷川さんまで。
そう言えば、以前お逢いしたときに「ここを剃り落してしまいたい。」とおっしゃってらしたことがありました。
「でも、祥子が僕だけのMになるまではしない・・」とあのときは言ってくださっていたのに、気が変わられたのでしょうか。

「どうした。お仕置きをしてくれとお願いしたのは祥子だろう。きちんと言われた通りにしなさい。」
「は・・い・・。」
わたくしは躊躇いがちに大理石のテーブルに腰を下ろしました。
先ほど、長谷川さんがおっしゃるとおりにわたくしは哀願の言葉を口にしたのです。
それがどのような結果を招こうと、わたくしのせい・・なのですから。
「脚を開きなさい。」
ああ・・・やはりあのときと同じにされてしまう。
わたくしは、長谷川さんが開いた脚の膝下を2本の縄でテーブルの左右に脚に括り付けてゆく様を見つめつづけておりました。
ふくらはぎの上部と足首の二点が美しい緊縛の技で留めつけられてゆきます。
膝丈のバスローブのせいで、開いた脚の淫らな姿は幸いにまだ覆い隠されておりました。
「手を出しなさい。」
わたくしは、括った手首をそのまま頭の上へ引き上げてゆけるように、手首の内側を合わせるようにして、長谷川さんに差し出したのです。
一瞬、彼から反らせたわたくしの表情をじっと見つめられた気がいたしました。
でも何も言わず、長谷川さんは2つ折りにした綿縄を重ねた手首にしゅるしゅると巻いて行かれたのです。
「そこに横たわりなさい。」
手首を縄止めした長谷川さんは、わたくしの背をサポートするように大きな手を添えてそうおっしゃったのです。
バスローブ姿のままで、わたくしは90cmはある大理石のテーブルに仰向けに身体を倒してゆきました。
室温は、到着していらいずっと暖め続けている暖房のせいで、随分と高くなっていたと思います。
でも、大理石のテーブルはバスローブ越しのわたくしの腰や背にひんやりと冷たい感触を伝えてきました。
「冷たいかい。でも、その冷たさが救いになるかもしれないね。」
びくっと身体を震わせたわたくしに、思わせぶりな一言を投げるのです。
「えっ・・」
「手を上に上げるんだ。」
思わず聞き返したわたくしの言葉を無視して、長谷川さんは想像していた通りのご命令を口にされたのです。
わたくしは、素直に括られた両手を頭上に掲げたのです。
長谷川さんが縄尻を大理石のテーブルの左右の脚に掛けて、ゆるみのないように固定したのがわかりました。肘を上向きに曲げたような形で、わたくしは四肢をテーブルに固定されてしまいました。

黒衣の情人 32

「さぁ、どんなお仕置きをしようか。」
「ゆるして・・ください・・」
「玩具を何本飲み込めるか試してみるか?」
「だめ・・でき・ない・・・」
長谷川さんは、男性の形を模したものだけでも十数本もの玩具をお持ちでした。以前は順番に太さと長さを増してゆくものを1本ずつ飲み込まされたのです。
それでも、後半はわたくしの中を一杯に満たしてしまうほどに大きいものがいくつもあったのです。試さなかったものの中には、わたくしでさえ飲み込むことのできない大きさのものもあるとあのとき既に聞かされておりました。
なのに・・・それを一度に数本もなんて・・・不可能です。
「いや、窓に貼付けることのできるディルドーがあったな。照明を付けた窓に貼付けて立ちバックの姿勢でそれを祥子の奥まで出し入れさせようか。百回がノルマだな。」
「あぁぁ・・・そんな破廉恥なこと・・・だめ」
明かりを点ければ、わたくしの姿を見られてしまうかもしれません。なのに窓に向かって・・・秘部を全て曝け出してディルドーを自ら飲み込む。それも百回も。
あまりの破廉恥さに、わたくしは気が遠くなりそうでした。
「鈴をここに付けて・・」
「あっ・・」
再び強い指の力で乳首をつまみます。
「鈴の鳴った回数で数えればいいな。」
「いやぁぁ・・・」
「どれもだめなのか。それじゃ、いままでまだ一度も祥子にしてないことにしよう。」
「おねがい・・ゆるして・・・」
いままで、したことのないこと。
未知の行為に理由のない不安がわたくしを襲いました。
「祥子の身体は素直だね。本当に怖い事にはこの柔らかい身体がきゅっと堅くなる。そんなに怖いかい?」
「・・・はい。」
一通り・・・多分Sと言われる方が好まれる行為はこの方からは仕込まれておりました。これ以上のことは・・・想像もできませんでした。
「僕が祥子が本当に嫌うことをした事があったかな?」
「・・・いい・え。」
「じゃ、どうすればいいのかわかっているね、祥子。」
唇を重ねて、はじめてのお仕置きの恐怖におびえているわたくしの唇を潤すと、長谷川さんはじっとわたくしを見つめたのです。
「おねがいします。どうか・・・いけないしょうこに・・おしおきを・して・・ください。」
それだけ言うと、わたくしはどれだけ大それた事を言ったのかを思い返して・・・目を伏せてしまいました。これでもう、この後の責めから逃れることなど出来なくなってしまったからです。
「もう暖まったね。それじゃ、出よう。」

長谷川さんに促されて、わたくしはジャズを奏で続けるピアノのところまで、バスローブだけを羽織った姿で連れ戻されたのです。
先ほど押しのけられていた大理石のテーブルが照明の真ん中に置かれていました。
少し離れたところには数本の黒の綿縄がソファーの上に禍々しく置かれていたのです。
「ここに座りなさい。」
長谷川さんが指差したのは、大理石のローテーブルの短辺でした。

黒衣の情人 31

お返事できなかった理由がもう1つございました。それは、わたくし一人で長谷川さんのSの欲望にお応えしきれるかどうか自信がなかったからです。
長谷川さんは、わたくしが存じ上げている方達の中でもとびきりのSでした。いままでわたくしに伝え、責めていらした以上の欲求もお持ちのことでしょう。
「ただのセックスなんて僕には単なる排泄以外の何ものでもない。」
この方はそう言い切る方でした。わたくしを恥辱で快楽で縄で鞭で責め・・・達する姿を見る事で初めてセクシャルな満足が得られるともおっしゃいました。
「そうだね、一種の病気なのだろう。カウンセラーにかかったこともあるが、こればかりはどうしようもなかった。そんな男は嫌いかい?」
1年前、一夜を過ごした翌朝送ってくださる車の中で、長谷川さんは淡々とそうおっしゃったのです。

「わたくしでは、満足していただけないことがあるかもしれません。」
後ろから抱きしめた長谷川さんを見上げるようにして、わたくしはそれだけをお伝えしたのです。
ご自分のS性と真摯に向かい合っているこの方に、後悔はさせたくありませんでした。
「祥子は、僕のことをどれだけ変態だと思っているのかい。わかっているだろう、僕は祥子が本当に嫌だということを今まで一度だってしたことはないだろう。」
「はい。」
「たとえば女性を拘束する。方法はいくらでもある。手錠だっていい、道具にくくりつけるというのもあるな。いくつもの方法の中で僕は縄が一番好きだ。だから縄を使う。それくらいの嗜好はある。」
「はい。」
「自分がこの女性ならと認めた相手のM性を引き出して満足させたい。満足させることで僕も満足ができる。この行為が出来なきゃ満足できない・・・というタイプじゃないんだ。」
「はい。」
「SとMの行為は、互いの尊敬と愛情があってはじめて成立する。そうでなければただのDV、一種の犯罪行為ですらあるんだよ。大丈夫、これからも祥子が本当にいやがることはしない。」
「はい。」
「本当に嫌なことを祥子が断ったからといって、僕が満足していないなんて思う必要もない。いいね。」
「はい。・・・あぅっ」
突然抱きしめて下さっていた長谷川さんの両手が、わたくしの乳首を捻り上げたのです。
「せっかくいい子にしていたと思ったが、僕を変態扱いしたお仕置きはしないといけないね。」
「あぁぁっ・・・ゆるして・・」
きりきりと・・・ジャグジーの水泡に軽く愛撫を続けられていたGカップの乳房の先端を・・・長谷川さんの2本の指が押しつぶすように動くのです。
そういえば、先ほどからまたわたくしのことを<祥子>とお呼びになっていたのです。
「僕のここもこんなにさせたままだしね。」
「ぁぁああ・・・」
わたくしのヒップには、長谷川さんの大きな塊が触れていました。お湯よりも熱いその塊は、ひくひくと動く度にわたくしの白く大きなヒップに埋もれようとでもするようです。

黒衣の情人 30

「いろいろとね、片付けるのに1年かかったんだよ。」
「お仕事のこと?長谷川さんの設計には人気があってお忙しいって聞いたわ。」
わたくしの質問に、長谷川さんは苦笑いを浮かべました。
「仕事もそうだがね、祥子が自分だけじゃないと嫌だと言ったじゃないか。」
たしかに、1年前にわたくしを望んでくださった長谷川さんにその他大勢の女の一人になるのは嫌だとお話はいたしました。
「また、ご冗談ばかり。」
「冗談じゃないよ。Mの中には僕に精神的に依存しているものもいるからね、そう簡単に切り離すわけにいかなかった。時間を掛けて全員と円満に関係を終わらせるために1年必要だったんだ。」
「そんな・・・可哀想だわ。」
「彼女たちに魅力を感じなくなってしまったからね。気持ちのない主に形だけ縛り付けられる方が可哀想だろう。どの女性もいいMだった。いまはそれぞれ新しい主の下で幸せにしているよ。」
「そんな・・・。」
「本気だと言ったろう。まさか僕が乞う側になるとは思わなかった。いまは他のMには興味がない。ここをこんな風にできるのも、祥子さんだけだ。」
わたくしに触れる塊は、熱と硬度を増していたのです。

「こんないい方をするからいけないんだな。祥子さんを愛している。一人の女性として、人間として。そして僕のSを満足させててくれるMとして。祥子が欲しい。」
「買いかぶりですわ。わたくしはそんな女じゃありません。」
真面目な長谷川さんの声に、先ほどまでの責めも色を変えたのです。
わたくしを愛しているという長谷川さんの表情も、身体も・・・ほんの少しも嘘をついてはいないと感じたのです。
こんな告白を、いまここで聞く事になるとは想いもしませんでした。
1年前とは違って、あの夏のパーティでわたくし自身のことも知ろうと思えば出来たことでしょう。
「すぐに返事をくれと言っている訳ではない。だが、これからは逢う事くらいしてくれるだろう。」
「・・・・。」
わたくしは無言のままで、長谷川さんを見つめたのです。
このままお逢いし続けていいのでしょうか?
「大丈夫だ。もうこんな風に困らせるようなことは言わない。それとも、僕は祥子さんに振られたのかな?」
わたくしは黙って首を横に振りました。
わたくしにもすぐに関係を断ち切る事などできない方達がおりました。
嫌っているわけではありません。長谷川さんのお仕事もお人柄も・・・わたくしを責めるその技もわたくしを魅了しておりました。長谷川さんだけのものになる・・・お約束はできなくても、この方を嫌うなんてことどうして出来るでしょうか。
「よかった。祥子さんを巡るライバルは多そうだ。強敵ぞろいだろうからね。だから気長に待つよ。時には、僕とも付き合ってくれるね。」
「はい。」
優しい長谷川さんの言葉に、わたくしはようやくお返事をすることが出来たのです。
この方に、その場限りのお返事はしたくなかったからでした。

黒衣の情人 29

そうでした。かりそめの、ブームにのっただけの自称サディストでは・・・この方はないのです。
女性に責めを課すなら、その責めに見合うだけのリスク管理をきちんとされる、真性のS・・・それが長谷川さんでした。

「それじゃ、いま、お薬を下さい。」
「濡れた肌には塗れないよ。」
「いいえ、痛み止めの・・・キス。」
わたくしは、拗ねたように少しだけ背けた身体を捻るようにして顔だけを彼の方に向けたのです。瞼を軽く閉じて、薄く・・唇をひらいて。
「ん・・ん・・っく・・」
長谷川さんは唇を重ねると、今度は遠慮なくわたくしの少しの狭間に暖かな舌を差し入れてきたのです。唇だけでなく、舌を、上顎を、歯の根を・・・ゆっくりと長谷川さんの力強い舌が這って・・やさしく愛でてくださったのです。
「んぁ・・ぁ・・」
ねっとりと・・・長谷川さんの唇と舌がわたくしから喘ぎを引き出しながら、離れてゆきました。いつのまにかわたくしの身体は、長谷川さんの長い腕の中に抱き取られていたのです。
「薬は効いたかい?」
「・・・はい。」
わたくしはうっとりと、彼の問いに答えていました。慈しむような優しいキスは、先ほどまでの過酷な責めを甘美な思い出へと変えていたのですから。

「祥子さんがこんなに甘えただとは知らなかったよ。」
「あ・・・ごめんなさい。」
わたくしは、甘えているとは思ってもおりませんでした。ただ、いまは、心のままに長谷川さんに身を任せていただけでした。
でもそのようなことは、SとMの二人の間には許されないことだと・・・彼に言外に責められた様に感じていたのです。
「いや、嬉しいよ。こんな可愛い祥子さんを見る事ができてね。」
「ちゅく・・・ぅ・・」
今度はわたくしがおねだりをして・・のキスではありませんでした。ご褒美としてのキスでもなく・・・責めとしてのキスでもなく・・・さも愛おしいと言う表情で唇を重ねて下さったのです。
「ん・・ぁん・・だめ・・」
「ふふ、相変わらずの艶めいた声を上げるね。祥子さんの声は媚薬だよ、まったく。」
わたくしの身体に触れる長谷川さんの塊は、フェラチオを始めたとき以上に堅さと大きさを増していたのです。
「祥子さん。僕のものにならないか。」
ジャグジーの泡と長谷川さんの身体に抱かれながら、夢見心地になっていたわたくしの耳に彼の声が届きます。
「わたくしを1年も放っておいて、お逢いしたらプロポーズですか?」
こんなシチュエーションで囁かれた言葉を、わたくしは茶化してみせるしかなかったのです。