FC2ブログ

唐紅 9

半幅帯は新品のものの様でした。
「これをお願いいたします」 
運転手は柄の上下を確かめると、片側を半折りにしてわたくしの左肩に預けます。
「しっかり立ってらしてください」 
しゅ・・・しゅっ・・・きゅ・・きゅっ・・・・ 伊達締めの上を二巻きし、わたくしに預けた帯の手を上にして力を入れて結ぶのです。
「ふくっ・・・」 
男の力で締め上げられる帯は、わたくしを一瞬息苦しくいたします。
綾絹の長襦袢で・・・伊達締めで・・・友禅の着物で・・・西陣の帯で・・・丸みの勝ったわたくしの胸元は幾重にも縛められたのと同じでした。
 
彼は深紅の総絞りの帯揚げを取り上げて、小さな帯枕をくるみます。
「珍しいのね 半巾帯に帯揚げなんて」 
枕の位置を決め腕を前にまわして仮止めすると、彼は正面に回り帯枕の紐をきゅっと締め・・・帯揚げを華やかに胸元にあしらいます。
「このほうがずっと綺麗ですから」 
合わせた衿元にほんの僅か開いた素肌に、彼の熱い息がかかるのです。
「・・・ん・・・・ぁ・・」 
彼の手に全てを委ね、思うがままにされることにわたくしは次第に慣らされ・・・快感すら感じるようになってきていました。
「あと少しですから」 
黒髪をアップにし、露になった耳元に口を寄せ・・・熱い息とともに囁きます。
主の前ではわたくしに対して常に一歩引く彼が、二人きりの時に示す男としての態度すら媚薬のように白い肌に沁み入るのです。
 
「これでよろしいでしょうか」 
後に戻り垂れを片流しにまとめて帯を締め上げると、わたくしを鏡台に向き直らせました。
「あっ、ん・・・すてき」 
鏡の中のわたくしは、いままでに見慣れた着物姿とは少し違って見えました。
粋ともあだっぽいとも違う、でも隙もなくやぼな感じでもない、品がありながらどこか女を感じさせる不思議な着付け方でした。
着物の黒地と帯の地がマッチし、総絞りの帯揚げが大胆な帯の柄をうまく着物にとけ込ましておりました。
髪を巻き上げたかんざしの赤い玉も、ふと見下ろした足もとの不自然に思えた白すぎる ストッキングさえ・・・白足袋の風情を漂わせて全身を華やかにみせておりました。
 
「ありがとう。いつものわたくしじゃないみたいだわ」 
鏡ごしの彼にはにかんでしまいます。
「お綺麗です。お着物も着慣れていらっしゃるんですね」
運転手の目は冷静に、まるで作品を見る様にわたくしを見つめておりました。
「絹がすっと祥子様の肌になじんでゆくのがわかりました。着慣れない方はどんなにしなやかなものをまとっていただいても、こうはいかないものです」 
鏡の中で合った視線を彼はふっとそらすのです。
「お食事の支度ができております。まいりましょう」 
彼に導かれて、最初に通された居間へと向かいました。
 
「ほぉぉ、お似合いですね」 
先付けをつまみに女将に熱燗をつがれていた男性は、襖を開けて座って遅れたことを詫びるわたくしにそう第一声をあびせたのです。
「ほんと、素敵だわ」 
女将はそういうと、わたくしに男性の向かいの座布団を勧めました。
「美味しそうだわ」 
相模湾の海のものと秋の山のものを、彩りよくあしらったお食事でした。
「急のお越しでしたから、簡単なものしかご用意できなくて申し訳ございません」 
恐縮したように言いながら、女将は小振りなグラスにビールをついでくれるのです。
「こちらの方も今夜は召し上がりますのでしょう」 
「ああ、注いでやってくれ」
わたくしの右手に座った運転手にも、同じ様にグラスを満たすのです。
「いただきます」 
指先に伝わる冷たい感触にそそられながらビールに口をつけます。
小振りなグラスの半分ほどをいただいてしまう白いのど元を、男性と運転手の視線が這っていることに・・・わたくしは気づいてもおりませんでした。
「どうぞごゆっくり」 
女将は室内の空気がわずかに変わったことを察したのでしょう。
三つ指をついて挨拶をすると下がってゆきました。
 
ゼニアのスーツが似合っていた男性は、光沢のある大島を着ておりました。
まるで自宅でくつろぐかのように着こなす姿は、やはり男性が普段から着物を着る機会を持っていることを教えてくれました。
「いや・・・手酌でいいですよ」 
男性にお酌をと徳利を手にしたわたくしを押しとどめて、手元の杯を満たします。
「祥子さんは何を召し上がりますか?」 
「同じものを頂戴します」
隣に座った運転手がすっと立ち上がり、先ほど女将が居た場所に用意してあった平盆を持ってもどります。
わたくしの目の前に備前の杯がすっ・・・と差し出されました。
「ありがとう」 
彼の注いでくれる香りの良い日本酒に口を付けて、濃厚な香りを楽しみます。
「わたくしばかり・・・こんな 申し訳ないわ」 
疲れていた身体に再び受け入れたアルコールが、目元を赤く染めはじめました。
 
机の上の器がほとんどあけられたころです。
「彼は気に入りましたか」 
わたくしは平目のお造りに伸ばしかけていた手を、止めてしまいました。
「それともなにか不調法をしましたか?」 
雇い主の鋭い眼で運転手を見つめるのです。
「いいえ 大変良くしていただきましたわ」 
最初はあまりのことに拒んでしまったものの・・・最後には彼の献身的で紳士的な手に、自らを委ねる快感を知ったわたくしは即答いたしました。
「さきほどは随分と抗う声が聞こえていたと思ったものでしたから、僕の気のせいですか」 
声を押えていたはずなのに・・・はしたない声を聞かれていたなんて。
「祥子さんの声は魅力的ですから、つい耳についてしまうんですよ」 
酔いのせいばかりではなく耳まで赤くしたわたくしに、男性はそう言うのです。
「いえ、祥子さんのご機嫌を損ねるようなことをしたのなら、罰として叶えてやろうと思っていた彼の望みをとりあげてしまおうと思ったのです。」 
手元の杯を一気に喉に流し込むように飲み下すのです。
「良かったな、気に入ってもらえているみたいだぞ」 
わたくしの知らない男性の日常をほのかに垣間見させるのでした。
 
「さて、食事の片付けをしてもらう間少し散歩でもしますか。祥子さん」 
男性は立ち上がり、着物とそろいの羽織を着るとわたくしを促しました。
「あとは頼むぞ」 
運転手は男性の一言に頷き、女将へと電話を掛けにまいりました。
スポンサーサイト
[PR]

コメント
コメントフォーム
Name
Mail
URL
Subject
Comment

Pass
Secret
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)