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第九 in the MOVIE 8

「コーヒーをお持ちしました。」
白いクロスの掛けられたワゴンには、シルバーのポットとカップ&ソーサーが2つ。シルバーのピッチャーとシュガーポット。そして水のグラスが2つ。
「こちらでよろしいでしょうか。お済みになられましたら、ワゴンごと廊下へお出しください。」
「ありがとう。」
慣れた手つきでサインをされる仲畑さんの横顔は、わたくしの記憶のままでした。
伝票を渡すと、ルームサービスの男性は礼儀正しくお部屋を出てゆかれました。

じっとみていたわたくしの視線に仲畑さんは気づいていたのでしょう。
「何か付いているかい?」
「いいえ、お変わりがないなと思っていたんです。記憶の中の仲畑さんのままだなって。」
「ははは、ありがとう。あのとき随分恥ずかしいめに遭わせたから、ものすごく嫌なイメージになってるんじゃないかと心配していたんだよ。」
「そんな嫌だなんて。優しい方だと思っていましたわ。あの後、お礼をしたかったんですけれど、ご連絡先がわからなくて。」
そうでした。
涙が止まらなかったわたくしをこの方は救ってくださったのです。責め立てられ・泣き疲れて眠り込んだわたくしをこの方は優しく抱きしめて眠ってくださったのです。
翌朝朝食の席でちゃんと自己紹介までしてくださいました。
なのに、なぜかお互いに連絡先を交わす事はしませんでした。
『二人の感性が一緒なら、またいつか映画館で逢えるからね。 』
そう仲畑さんがおっしゃったからです。
「いいじゃないですか。連絡なんてしなくても祥子さんの一番大切な日にこうして映画館で逢えた。これも何かの縁でしょう。」
「ええ、そうですね。」
わたくしはあたたかいコーヒーカップを手にしました。子供が飲むみたいに両手でカップを包んで、香り高く好みよりも少し苦いコーヒーを一口いただいたのです。

「そう、見せたいものがあるんです。」
仲畑さんは、バッグの中から何かを取り出すとテレビセットに繋ぎました。
「えっ・・これ・・」
モノクロームのぶれの激しい画面。印象的にアップになる農村の人の顔・顔。後ろに流れるBGMは・・・先ほど映画館でみていた<敬愛するベートーベン>でした。
「もしかしてこれが仲畑さんの次のお仕事なの?」
「そうです。配給会社から渡された資料のうちの1つでね。」
この方は、洋画の吹き替えのお仕事をされる声優さんでした。
既に字幕が入っているDVDは、スピーカー設備が違う分だけ音の迫力には欠けましたが間違いなく先ほどの映画と同じものです。
このようなミニシアター系の映画は、ロードショーで吹き替え版をつくられることはほとんどありません。DVDを発売するときに、はじめて吹き替えの音声だけをデータにプラスするのです。
仲畑さんのおっしゃる資料には、きっと台本もおありなのでしょう。
今回・・・仲畑さんの声が似合うとしたら・・・。
「ベートーベンの吹き替えをなさるの?」
「ふふ、祥子さんには敵わないな。そうです。」
画面は最初の衝撃的なベートーベンの死の場面がはじまっていました。
マエストロ・・と呼び、寄り添う女性。その女性の顔を見て、ほっとしたように・・・それまでの痛みや苛立ちも洗い流すように・・・彼女を抱きしめようとするベートーベン。
短い、そして色彩に乏しいシーンなのに、二人の間の信頼の深さをくっきりと示しているシーンでした。
「どうですか?私には、似合いませんか。」
「ん・・お似合いだと思います。」
そう・・・素直に思えました。

映画の中で演じられているベートーベンは、学校の音楽室の肖像画やいままでの様々な映像で描かれているようなかんしゃく持ち風のエキセントリックな感じはありませんでした。
聞こえ難い苛立ちから、時にヒステリックになることはありましたが、人の気持ちを大切にする優しい瞳の理知的な男性でした。
アンナ・ホルツという、尼僧の姪にあたる若い女性の才能をいち早く認めたのも他の誰でもないベートーベンでした。
あの時代、女性の仕事や役割や能力は限定された範囲でだけ認められていました。
そこを逸脱した彼女の存在を黙殺するのではなく、畏怖しつつ受け入れてくれるのです。
あの夜に、初対面の泣きじゃくるわたくしを厳しく・そして優しく受け止めてくれた仲畑さんと同じ瞳でした。
『俺の譜面を違うと言って修正してくるんだぞ、若い女が。』
酒場で飲み仲間に、突然眼の前に表れた才能をどう受け止めていいか悩むベートーベンの姿は、かつて同じ様な言葉をわたくしの眼の前で旧友に向かって口にされた先輩社員のことを思い出させるほどだったのです。
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コメント
人生において無駄な出逢いはひとつもない…なんて
思います。
本当に必要な人とはたとえ一時は離れても、また再び会うことができるともね…。

さて、お楽しみはこれから。この先が楽しみ。

2006/12/29 21:28| URL | eromania  [Edit]
お指の素敵な方の後は、お声の素敵な方…。
自分がアルトですし、深く穏やかな声が大好き…。心が蕩けます。深い声で命じられたら、何でもお心のままに…と言ってしまいそう。
男女とも高い声は辛くて…。先日新作ミュージカルを見たのですが、内容は良いのに、主役級が皆キンキン声でむずむずしてきてしまいました。だめです。
さあ、今年もあと僅か。そろそろエンディングでしょうか?

2006/12/30 00:08| URL | るり  [Edit]
穏やかな年末です
おはようございます。
東京は静かな青い空です。

eromania様
そうですね。
ほんとうにこうしてまた出逢ってしまうものですね。
そして・・・こんなサプライズ。
まさかさっき見ていたばかりの映画のDVDが見られるなんて思っていませんでした。
この先は・・・ふふふ、です♪

るり様
最近のミュージカルは舞台の訓練をしていない歌手や芸能人がそのままマイク頼りに上がったりしますからね。
それは・・・あまりにも、ですね。

指・そして声。
フェチというわけではないのですが、秀でたところを持った方が好きです。
それがわたくしの好み・・・みたいです♪


さて、第九はあと6話。
ENDINGは元旦になります。
仲畑さんとの二人きりの夜。どうぞお楽しみになさってください。

2006/12/30 08:13| URL | 祥子  [Edit]
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