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黒衣の情人 6

建築用の大きな照明が、まるで間接照明のように配されて空間を明るく照らします。
外は肌寒いほどですのに、あちこちに設けられた大型のオイルヒーターはほんのりと室温をあたためておりました。
そして、眼の前には・・・わたくしの見たものが錯覚ではないと諭すように、20畳ほどのペルシャ絨毯の上に、応接セットとグランドピアノが置かれていたのです。

「流石の祥子さんも、こんなところに来るのは初めてかい?」
「え・え・・・」
マンションのプランニングのお仕事をお手伝いをしたことはありました。それでも建築途中の、まだ内装すら済んでいない建物の中に、ヘルメットもなしで入ったのははじめてでした。
わたくしをソファーへとエスコートすると、長谷川さんはわたくしの肩に手をかけて座る様に促すのです。
ムートンのコートを脱いで袖だたみにしてソファーの肘掛けにかけると、ゆったりと座面の広い革張りのソファーにわたくしは腰を下ろしました。
「このビルは、いま僕が手がけている仕事の1つなんだよ。」
長谷川さんも暖まったソファーの周りの空気を確認するように、バーバリーのコートを脱ぎました。
わたくしのコートを一緒に手に取ると、ソファーの後ろにあるハンガーラックへと吊るしてくださいます。
そして、次に向かわれたのはソファーセットの少し先にある小さな冷蔵庫でした。
ヴーヴクリコのミニチュアボトルと、グラスを2つ。長谷川さんは大理石のテーブルに並べました。

「もう、ライフラインは完備している。化粧室も、ほらあそこに出来上がっているから心配しなくていい。」
長谷川さんが指さしたのは、さきほどエレベーターを降りてすぐに目についた壁に囲まれた空間でした。3枚の建築用シートの2枚目と3枚目に挟まれる様に・・・その空間はありました。
「さぁ、3ヶ月ぶりの再会に乾杯しよう。」
「乾杯♪」
チン・・・ グラスを交わす澄んだ音が響きます。でもわたくしはまだ不思議な心持ちから抜け出すことができなかったのです。
そこに配されているものは、1つ1つはとても見事なものでした。
でも、普通なら存在する訳のない場所にレイアウトされた贅沢な品々は・・・まるでダリの絵の中に入り込んでしまったようなシュールな感覚に、わたくしを浸していたのです。

「ここって、竹上建設さんが建ててらっしゃるビルなの?」
「そうだよ。完成すれば、あの石Jr.が販売する。もう少しで鳴り物入りのCMがあちこちの番組で流れる様になるよ。」
「なにになる予定なんですの?」
「このビルは、下層階がショッピングセンター、中層階にオフィス、上層階はあるシティホテルが入ることになっている。」
34階・・・ここは多分、将来はホテルになるフロアでしょう。
「このビル全部の設計を長谷川さんが手がけられたの?」
「はは、うちの設計事務所が手がけてる。」
「でも・・・」
ご自分が、と仰らないところがこの方なりの奥床しさです。あの時、石さんもそう言ってらしたのです。黒部設計の名前で創られるこういう物件は、全て長谷川さんがこなしていると。
「でも、どうして・・・?長谷川さんが手がけた物件なら、他にいくつもあるでしょう。」
「そうだね。気まぐれかな。」
もう1本、シャンパンのミニボトルを冷蔵庫から出すと、ご自身とわたくしのグラスを満たして・・・今度はソファーにはもどってはいらっしゃいませんでした。
黒のウールのジャケットだけを脱いでソファーの背に掛けると、グラスを持ってグランドピアノの前に座られたのです。

パララ・ラ・ン・・・ わたくしからは、長谷川さんの背しか見ることができません。それでも澄んだピアノの音は、彼の腕の動きに添って響いていました。
「誰にも邪魔されずに、祥子さんと思う存分過ごしたかった。それに、この間の船上パーティで僕の正体もバレたしね。だったらこういうのもいいかと思ったんだよ。実は少し自慢もしたかったし・・ね。」
最初はランダムに叩かれていた鍵盤は、いつしか今宵長谷川さんの隣に腰を下ろした時に流れていた<枯葉>へと変調してゆきました。
「これって・・・まさか・・もしかしてわたくしのために?」
「ふふ、祥子さんも変な人だね。君のため以外に、なんでここにこんなものが必要だと思うんだい?」
「なんて・・こと・・。」 
たとえ、設計を一手にご担当されているとは言っても、こんな機材を運び込んで・・・1人で今夜だけとはいえ一晩中勝手をするなんて・・・セキュリティの上からも考えられません。
「このフロアはいずれスポーツクラブになる予定なんだ。もう一つ上のフロアはバーとレストランのフロアだ。躯体が出来上がったところで、設計のイメージを固めたいと竹上開発の担当者とここの現場監督に相談したら、二つ返事でこの空間を作ってくれたよ。24日の夜まで、このビルには僕1人しか立ち入れないことになっている。」
こんな風に話しながら、長谷川さんの手は止まりませんでした。ジャジーな枯葉を情感たっぷりに・・・アレンジしながら弾いてゆくのです。
わたくしは、彼のピアノの上を走るしなやかな指が見たくなって、グラスを持ってピアノの側に近寄ったのです。
「ここじゃ、気に入らないかな?」
わたくしの返事など気にする風もなく、長谷川さんの指はピアノを操ります。今度は・・・エミリー・・です。
「気に入らないなんてこと・・・こうして連れて来て下さってうれしいわ。でも普通だと『ほら、これが・・・』って仮囲いの外から教えて下さるだけでしょう。だからタクシーを降りた時、ここから別のところに行くのかと思ったの。ごめんなさい、びっくりしただけよ。」

長谷川さんの指は、ときおり関節が白くなるほどに力強く鍵盤をたたくかと思えば、まるで触れているだけでピアノが快感のため息を漏らしているかの様に軽く、羽のように長い指を閃かせてゆくのです。
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コメント
祥子さん、遅くなりましたが、あけましておめでとうございますv
なかなかコメント残せませんでしたが、お正月も拝見させていただきました。
やっぱり動画よりも文章に何かと惹かれるものが多いので・・・(照)
今年も楽しみにしています。
よろしくお願いします^^


2007/01/09 14:53| URL | あや  [Edit]
なんか・・・一番の紳士のような気がしますね~長谷川さん。

・・・・

知り合いの長谷川さんとはえらい違いだ・・……(-。-) ボソッ
足の爪の垢でいいからのませたいです。

2007/01/09 15:35| URL | トン  [Edit]
日差しがあたたかいのに風の冷たい一日ですね
あや様
いえいえ、年末年始はなにかをお忙しかったことと思います。ご主人も出勤してようやく骨休みできたのではないでしょうか。
お正月中もお越しいただいていたとのこと、ありがとうございます。
今年もよろしくお願いします。

トン様
わたくしが存じ上げているSの方って、ほんとうにある意味一角の方が多いです。
礼儀正しく・そして優しく・・・。
でも、一度スイッチが入ると・・・なのですね。
戒様もそうじゃありませんか?

2007/01/09 18:49| URL | 祥子  [Edit]
やっぱり、こういったテンプレートの方が落ち着きますね。祥子ワールドへようこそって、感じでしょうか。
雪の降る夜に素敵な彼とワインを飲んでいる、そんな情景が想像されます。

2007/01/09 19:53| URL | missjenny  [Edit]
missjenny様
ある方からも、黒地のテンプレートのほうが<淑やか>らしいとのご意見をいただいてしまいました。
いつも同じベースカラーでは飽きてしまうかもしれませんが、沢山アップされる共有テンプレートからいいものをセレクトさせていただいて、これからも<淑やか>ワールドをお届けしたいと思います。

2007/01/09 19:59| URL | 祥子  [Edit]
この場面、頭の中にイメージしてみました。
すごいですね。
多分、まだ内装はされていないのでしょう。天井もむき出し。袖はビニールのカーテン・・・
そこに、切り取られたように舞台が作られている。
そう、舞台なんですね。
日常から切り離された舞台での出来事、存分に演じて下さい。

2007/01/09 20:30| URL | masterblue  [Edit]
masterblue様
おっしゃるとおりです。
床も天井も剥き出しのコンクリート。
そこに、いま目に触れているだけの部分だけでこれだけのしつらえがなされているのです。
あまりの景色に言葉を失っているのは、masterblue様だけではなくて・・・わたくしも、です。

2007/01/09 20:37| URL | 祥子  [Edit]
乾杯のあと、無機質な空間に広がるピアノの音が流れる。
何とも心憎い演出に彩られた空間。仲畑さんならではと、
心が濡れる(笑)。

心が揺れる…乱れる…のはまだ先なのかな。



2007/01/09 21:24| URL | eromania  [Edit]
ひとりの女性のために、
このようなシーンをSettingすることのできる
長谷川さんって素敵な方ですね。
祥子さんがうらやましいです。

2007/01/09 21:40| URL | UMI  [Edit]
勝手な想像…。祥子さんの手にかかると
養生ビニールがまるでオーロラかドレープをとったカーテンの様に思えてきます。
不思議な空間。打ちっぱなしにダイレクトに響く、ピアノの音色。
思い通りに奏でる長谷川さんの指…。その繊細で力強い指を見ながら、祥子さんは何を思うのか…。


2007/01/09 21:47| URL | るり  [Edit]
ミスマッチな空間の美
eromania様
eromania様はほんとうに仲畑さんがお気に入りなんですね♪
でも、こんな大掛かりなのは・・・ふふふ、長谷川さんなのですよ。
仲畑さんよりももっとハードなSの男性。
eromania様の琴線に触れる事ができればいいのですが。

UMI様
場のセッティングさえも、逢瀬の一部として楽しんで下さる男性は本当に素敵ですね。
でも、今回の長谷川さんは、夏にわたくしを眼の前に攫っていった石塚さんへの男の意地もあって、大掛かりなデートを考えてくださったようです。
男の方って・・・もう♪ 困ったものですね。

るり様
るり様のイメージは、わたくしが見ているこの空間の様子にとても近いです。
まるで一緒にいてくださるみたいに・・・。
今回のサプライズの1つは、長谷川さんのピアノなんです。
まさかこんなに・・・お上手だとは思いませんでしたわ。

2007/01/09 23:39| URL | 祥子  [Edit]
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