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蛍火 6

「お皿をお下げしてもよろしいでしょうか。」
サービスの方の声にわたくしは、ピクンと身を震わせてしまいました。
うやうやしく礼をして田口さんのお皿を下げる姿に、わたくしは手を止めたままだった最後のお肉を・・・口にしたのです。
「ごちそうさまでした。とても美味しいお料理でしたわ。」
斜めに揃えられたカトラリーを見て、わたくしのお皿へもサービスの方が手を伸ばされます。

周りの席に他のお客様がいらっしゃる時間になっても、窓に向かってしつらえられた二人きりのテーブルは、閉じられた空間のままでした。田口さんのつくる濃密な空気はどこにも逃れることなく、わたくしを少し息苦しいほどに・・・深く酔わせていたのです。
その淫媚な結界を優しく破ってくださったのは、会話の内容も二人の間の微かな緊張感もご存知ないサービス・スタッフでした。

綺麗に片付けられたテーブルに、今夜のデザートが届けられました。
「恐れ入ります。田口様、いま、シェフがご挨拶にまいります。」
サービス・チーフはトレイを手にそう言い置いて下がって行かれました。
デザートはフルーツのタルトに、まるで薔薇の花のように飴細工をあしらったものでした。柔らかな香りがをテーブルを華やぎに包みます。 
「繊細ね。パティシエも田口さんのご存知の方ですの?」
「いえ、パティシエは最近こちらに来た女性だそうですよ。今日は逢えなかったんですが、このデザートを見ればお客様からの人気が高いことはわかります。」
いまホテルでは、女性のお客様を誘引するのにティーサロンでの午後のデザートタイムを無視することは出来ないのでしょう。こちらの午後のお茶だけを、いただきに来るお客様も多いと聞きます。

「いらっしゃいませ。先輩がこんなに素敵な女性とご一緒だとは思いませんでした。シェフの杉山です。よろしくお願いします。」
田口さんがデザートのことを語り終える前に噂のシェフがいらっしゃいました。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったですわ。」
田口さんとは正反対の・・・細身なのにしなやかな強さを感じさせる男性でした。黙っていたらただの優男にしか見えなかったでしょう。そのきっぱりとした口調が、このレストランを取り仕切るチーフとしての実力を窺わせたのです。
「こちらは、うちのお客様で・・・。」
「加納と申します。よろしくお願いします。」
田口さんは<祥子>としかわたくしの名をご存知なかったはずです。
ご紹介してくださるのに困ってらしたのを、不自然じゃないタイミングでフォローできたかしら・・・。
「加納様。これからは先輩のところだけでなく、ここにもどうぞお越しください。魚料理なら、負けませんから。」
にっこり笑った顔は、明るく自信に満ちていました。
「お魚だけじゃなくて、他のお料理もとても美味しかったわ。時々、お邪魔させていただきますね。」
「杉山君、私のお客様を横取りするのはやめてもらおう。」
田口さんの口調は優しいのに、挑戦的な言葉を吐く後輩にしっかりと釘を刺していることはわかるのです。
「そんなつもりはないですよ。先輩のお客様を横取りするような実力は私にはまだないです。でも、こんなに魅力的なお客様にはぜひもう一度お逢いしたいですからね。だから<お願い>してるんです。」
「恐れ入ります。どちらのお店にもまたお伺いさせて頂きますわ。」
仕方なくわたくしはそうお返事させていただきました。
「それじゃ、その時も私がエスコートしましょう。」
さりげなく田口さんがシェフからわたくしをカードします。
「ええっ、先輩はいいですよぉ。加納様お1人でもどうぞいらしてください。」
「ふふふ、ありがとうございます。」
わたくしは、杉山シェフに微笑みかけながらお答えしたのです。
でも、本当に仲がお宜しいのです。このお二人は。

蛍火 7

「この後はどうなさるんですか?」
お料理の好みを聞く様に、杉山シェフが田口さんに問いかけます。
視線の先の庭園はすっかり宵闇に沈んでおりました。ところどころに設置された灯籠が、昼間見た回遊路をやさしく照らしているようです。
「お席を変えられるのでしたら、バーカウンターを予約いたしますが。」
流石に気が利くところは、田口さんの後輩です。
「いえ、美味しいワインを頂戴しているので、お酒はもう。せっかくなので蛍のお庭を楽しませていただきますわ。」
「そうですね。なかなか見事ですから、ぜひいらしてください。私達従業員は蛍が綺麗な時間は忙しいものですから、つい見そびれていて。恥ずかしながら、紺屋の白袴って感じです。」
どうぞ、ごゆっくりなさってください・・・呼びにきたサービス・チーフに耳打ちされて、杉山さんはキッチンに戻って行かれました。
フレンチ・ローストの珈琲がコースの最後を心地良く締めてくれたのです。
 
「さぁ、蛍を観に行きましょう。」
田口さんがわたくしの椅子を引いてくださいます。
そうでした。蛍の仄かな明かりが美しく見える時間まで・・・と、お食事を誘っていただいていたのでした。
ゆったりとご一緒した美味しい御食事で、わたくしは半ば満足していたのです。
それに、一つ気がかりがあったのです。
「田口さん、あの・・・お宅はよろしいんですか。せっかくのお休みですのに、ご家族がお待ちになってらっしゃるんじゃありませんの?」
2万坪と言われる庭園の一部とはいえこれから散歩をしようと言うのです。まだ1時間ほどはお時間をいただくことになるでしょう。
「美貴様から何もお聞きではないんですか?」
「ごめんなさい、なにも。」
実際のところ、美貴さん達と田口さんがどれほど親しいのかは、わたくしにはわかりませんでした。
ただ、あの場に・・・とてもプライベートなはずの・・・わたくしとの淫媚な場に田口さんを招き入れたのです。
秘密を共有できるほどの関係だということくらいはわかりました。
「私は独りなんですよ。5年前に離婚しましてね。いまは気ままな一人暮らしです。」
「そうでしたの。申し訳ありません、立ち入ったことをお聞きして。」
「いえいえ、これで安心して蛍の庭へエスコートさせてくださいますか?」
「ええ、それでしたらご一緒させていただきますわ。」
わたくしは差し出された田口さんの左腕に軽く手を添えると、お庭へ向かう扉の外へと歩き出していたのです。
 
庭園に向かう扉を開けたとたん、湿度の高い空気がむっと押し寄せて参りました。夕方に庭園から出てきた時とは格段の差がありました。
お食事をしていた1時間ほどの間に、天候が少しかわっていたのかもしれません。雨が落ちてくる気配はありませんでしたが、月の姿も全く見えなくなっていたのです。
星もない真っ暗な空は、庭園内の足許を照らす灯りさえ薄く霞ませているようです。
気をつけて、ゆっくりと歩みを進めてくださる田口さんのコットン・ジャケットの袖を掴むようにわたくしは腕を絡めておりました。
「あっ・・ほたる・・・」
眼の前をほのかに緑がかった光が・・・1つよぎりました。わたくしは、思わず田口さんの袖を引いてしまったのです。
「どれ?」
最初の蛍火は、田口さんの視線が捉える前にふっと消えてしまいます。
「・・っ・・また・・・」
一つ・・またひとつ。文字通りの蛍光色の筆が雅な仮名文字を描くかの様に動くと・・・ふっと消えてゆくのです。
「きれい・・・」
ため息のように漏らした一言に、田口さんは年端も行かない子供に対する様にやさしく微笑んでくださったのです。
「三重塔から回ろうと思いましたが、気が変わりました。池のほとりの方から歩きましょう。」
分岐した回遊路を、田口さんはまっすぐに歩き出したのです。

蛍火 8

右手に池が左手に水路のある歩道は、進むほどに舞う蛍の数が増えてゆきます。夢幻・・・という言葉さえ思い浮かぶほどでした。
「飼育しているそうだが、これほどとはね。」
乱舞する光が、田口さんとわたくしの周囲をとりまくのです。好奇心の強い虫なのでしょうか。
「祥子さんの甘いフェロモンは、蛍にもわかるみたいですね。」
「いやですわ、そんなことおっしゃったら。」
他の方には聞こえないように、すぐ側でわたくしの耳元にそんな淫らな言葉を囁くのです。わかっていても恥ずかしさは変わりません。
話題を変えなくてはと・・・思ったのです。
「ご一緒していただいてよかったわ。1人だと、せっかくの感動を思う存分味わえないでしょう。ありがとうございます。」
「こんなに喜んでいただけてよかったです。」
田口さんのお髭の中の唇から、白い歯がにこやかに覗いていました。

そぞろ歩くという言葉のとおり、蛍のあかりを楽しみながらゆっくりとお庭の奥へと進みます。
「ずっと以前に穂高で見た時よりたくさん飛んでるみたいだわ。」
「穂高ですか。どなたとご一緒だったのかな。」
「ふふふ、そんなんじゃありません。学生時代の夏合宿でしたの。こんな庭園ではなくて、普通の田んぼのあぜ道でした。都会育ちだったものですから、あれほど沢山の蛍を見た事がなくて、とても嬉しかったことを覚えてます。」
蛍の時期は庭園をそぞろ歩くお客様も多い、と聞いていましたが今夜はこのひどい蒸し暑さのせいでしょうか・・・お客様の数もちらほらとしか見かけませんでした。
「夏合宿ですか。お若いころの祥子さんにもお逢いしてみたかったですね。」
「ふふふ、あのころはきっと可愛かったと思いますわ。」
「いまのほうが間違いなく魅力的でしょう。」
「お上手ね、田口さんは。」
 
大きな池を抜けても、左側を流れるせせらぎのせいでしょうか、蛍はまだ飛び交っておりました。
わたくしが、田口さんを見つめて微笑んだところでアップにした髪にカサッとなにかが触れたのです。
「祥子さん、動かないで。あなたの髪に蛍が止まってる。」
それが、蛍だったなんて。
「ほら、力強く光ってますよ。蛍も私の意見に賛成のようだ。」 
「もう、田口さんた・・っ」
蛍を驚かさないようにと田口さんを見つめたままだったわたくしの唇を・・田口さんが塞いだのです。
「ん・ん・・・っ」
エスプレッソの香りのキスは、強く・・わたくしを貪ったのです。

「・・ん・・もう・・だめですっ」
まだ周囲にいるかもしれない人をはばかって、左手で大きな彼の胸を押し返しながら、わたくしは小声で抗議したのです。
「あっ、蛍が飛んでいってしまったみたいですね」
もう、恍けて・・・田口さんたら。
「悪戯をなさるからですわ。」
彼と唇を交わすのは、はじめてではありませんでした。
でも、こんな不意打ちを受けるとは思っていなかったのです。
「祥子さんがあんまり魅力的だからですよ。やっぱり十代のころの祥子さんよりも、いまの祥子さんの方が私は好き・・・」
バ・タ・バ・タタタタタタ・・・・ 田口さんの言葉を打ち消すほどに強い大粒の雨が突然落ちてきたのです。
 
「祥子さん、こっちです。」
傘なんて持ってはいなかったのです。
ホテルの本館からはもう随分と離れておりました。わたくしは田口さんのおっしゃる方へと小走りに着いて行ったのです。
夕立でした。あっという間に雨は酷い降りになってきました。
それでも、二人は酷く濡れてしまう前に茅葺きの建物の前にたどり着けました。
大きく張り出した軒下にわたくしたちは避難したのです。
「ここで雨宿りしていましょう。中に入れればいいんですけどね。」
「何ですの?ここは」
激しい雨の音に、声を少し大きくしなければ田口さんに届かないほどでした。
「たしかお茶室だったと思うんだが。」
いくつかの戸をカタカタと動かしていた田口さんは、やがて一つ・・・開く戸を見つけたようでした。
「ここから入れそうです。濡れますから中へ入りましょう。」
たしかに仰る通りなのです。
足元の玉砂利から跳ねる雨粒は、わたくしのストッキングを酷く濡らしておりました。

蛍火 9

「でも、タオルもありませんし、こんなに濡れていたら畳をだめにしてしまいますわ。」
この敷地内にある以上、ホテルの施設なのです。なんの許可もないまま建物を利用することに、わたくしは抵抗を憶えたのです。

わたくしはハンカチで彼のジャケットの肩を拭うために、田口さんに寄り添い・・・こうお返事したのです。
「このまましばらく雨宿りしまし・ょ・・」
ガラガラガッシャ・・・ン・・ガラッシャン・・・・ 
「きゃっ・・・」
強い光と耳を聾するような音が同時に・・そして立て続けに襲ったのです。隣に立つ田口さんに、わたくしは思わず縋り付いてしまいました。
「大丈夫ですよ、祥子さん。」
わたくしを強く抱きしめた田口さんは耳元で・・・やさしい声を掛けてくださいました。ただし・・・左手は、レースのフレアスカートに包まれた腰に這わせながら。
「ごめんなさい、わたくしったら・・・」
ガラガラガッシャ・・・ン・・ 
「きゃ・・」
不用意に田口さんに預けてしまった身体を引き離そうとしたとき、先ほどよりひと際大きな雷が・・・三重塔の近くに落ちたのです。
二人の周囲に控えめとはいえあった照明が、ふっと・・・一斉に消えました。
「やっ・・・」
都心の、安全な、ホテル内の庭園にいるのです。
なにも怖がる必要などないのに、それでもわたくしは闇に包まれることに恐怖心を憶えたのです。我が身を引きはがそうとしていた田口さんの胸に、ふたたび縋り付いてしまいました。
 
「大丈夫です。ホテルの本館は停電していませんから。庭の電気系統がショートしただけでしょう。雨が小降りになれば直に修復されます。それに、ほら・・・」
田口さんが指差された先の地面に、それこそほんとうにとびとびにですが非常用の明かりが・・・まるで蛍火のように薄くぽぉっと点いたのです。
「ごめんなさい、あんなに酷い雷。びっくりしてしまって・・・」
まだ雷の音は去っていませんでした。
雷鳴は特有のオゾンの匂いを激しい雨に乗せて地上にまき散らしてゆきます。漆黒の空に稲光が走り、数秒後には大きな雷鳴がいたします。
その間隔は少し開きはしたものの、まだ充分に大きなものでした。
雨は、一層強く降り続いています。
ホテルを出た時のあのまとわりつくような湿度は、この雨の予兆だったのでしょう。
「ほんとうに、ごめんなさい。」 
「祥子さん、そちらに行ったら濡れますよ。」
身体を離そうとしたわたくしの腰の動きを、田口さんの腕は許してはくださいませんでした。
がっしりと抱かれたわたくしの身体は、身動きもままならないほど彼の身体に密着していたのです。
「おねがい・・・」
「食事をしている時からずっと我慢してたんです。さっき腕を組んで歩いた時に触れた祥子さんのバストの感触で、年甲斐もなく発情してしまいました。」
「やぁぁっ・・・・」
田口さんの左手は、一旦手離したわたくしのフレアスカートを再びたくし上げ初めていたのです。
 
「どうせ誰も来ませんから、ここででもいいですよ。雨に閉じ込められた野外でこんな風に身体を密着したまま祥子さんを嬲るのも一興です。」
右手はわたくしの肩に・・・傾げた首はわたくしの右耳を舐るかのような至近距離で・・・淫らな提案を口にするのです。
「だめっ・・・」
バタバタと叩き付けるような雨の音が、わたくしの抗いの言葉を打ち消してゆくようです。
「ふふ、今夜もガーターなんですね。それなら余計ここででも充分ですよ。あぁ、あの夜と同じTバックだ。仕事関係の集まりの時でさえ、こんな扇情的なランジェリーを身につけるのですか、祥子さんは。」
「ちがう・・の・・・あぁぁっ・・・」
清純なほんのりとピンクがかったパールのランジェリーセットは、今日の慎ましやかな装いのために選んだものです。パンティのカットは大胆なものだったけれど・・・ほんの僅かでも淫らなことを思い浮かべもしなかったからです。

フレアをたっぷりと取ったレースのスカートは、田口さんの手の侵入を容易に許してしまったのです。
すっぽりとスカートの中に入り込んだ田口さんの手は、ガーターベルトとTバックの狭間で露になっているヒップを、上質な食材の鮮度をたしかめるかのように・・・撫で回すのです。
落ちてくる雨同士がぶつかるあまりの激しさに・・・霧状になった水滴がわたくしの太ももにも・・・スカートをたくし上げられたむき出しの腰にも・・・まるで好色な男性の視線のようにまとわりつきます。
 
「あの時も、窓外に淫らな姿を晒されただけで蜜を滴らせていましたね。祥子さんは露出好きなのかな。」
雨音に消されることもないほどに、耳元に近づけられた田口さんの唇が、思わぬことを囁くのです。
あの時は・・・ホテルの26階でした。周囲にほとんど同じ高さの建物のない・・・メインダイニングの窓にわたくしを括ったのはこの方なのです。
「誰も来ないとはいっても、こんなとこで下半身を晒して感じてるんですか?」
「いやぁ・・・ちがうわ・・・」
田口さんの淫らな手の動きに・・・スコールのような雨に包まれた夜の屋外での行為にピクンと身を震わせ・身悶えしてしまった微かな動きまで・・知られてしまったのでしょうか。

蛍火 10

「私はね、結構好きなんですよ。このままここで祥子さんを可愛がりたくてうずうずしてるんです。」
そう仰りながらわたくしの腹部に押し付けられた塊は・・・もうすっかり猛々しく昂っておりました。
「夜目にも、祥子さんの肌ならまるで蛍みたいに白く光ってみえるでしょうね。その腰を露にして、ここで照明が回復するまで嬲らせてくれるんですか?」
あぁ・・・わたくしったら・・・なんて不用意に・・・この方とご一緒してしまったのでしょう。
つい先ほどまで、あんなに紳士的だったのに。
「だめ・・です・っ・・」
ふるふると首を振るわたくしの後頭部を押さえて、今度は最初から淫らな口づけをなさるのです。
「挑発したのは、祥子さんです。その声で、その慎ましやかな姿で、Gカップのバストの感触で、淫らなあなたの体臭で。このまま何もなしでは帰しません。ここで立ったまま犯しますか?それとも中に入りますか?」
「おねがい・・・中で・・・」 
ガラガラ・・ガシャ・・ン・・ わたくしを抱きしめたまま建物の中に連れてゆく田口さんの向こう・・・庭園の中へ・・またひどく近くに雷が落ちたのです。


引き戸一枚ですが、閉じれば雨の音はいくらか静かになりました。
その分わたくしの鼓動を・・・田口さんの荒い息を・・・必要以上に意識することになってしまったのです。
「ふたりともずぶ濡れですね。祥子さんは腰掛けてください。」
稲光に見えたそこは、上がり框から続いた3畳ほどの広さの板の間でした。
このまま立ち尽くしていても、雨は止む様子がありません。わたくしは濡れてしまったバッグを隅に置くと、素直に腰を下ろしました。
田口さんも、すっかり濡れてしまったコットン・ジャケットを脱いでいました。
白いノーネクタイのシャツが・・・コックコート姿の彼をデジャビュのように思い起こさせたのです。
「土足で上がる訳にはいきませんからね。」
その大きな白い肩がわたくしの前に腰を下ろしたのです。
ほとんど明かりはありません。漆黒の闇にときどき空をよぎる雷の光だけが、コマ送りのフラッシュのように二人の姿を浮び上がらせます。

「足を・・・」
わたくしの足首を掴むと、サイドカットのパンプスの踵に手をかけ、つま先を抜き取ってゆきます。そして右足も。すっかり濡れた靴を裏返す様にして踏み石に立てかけてくださいます。
「ありがとうございます。ごめんなさい、足元のことまでしていただいて。」
男性のお靴の始末をさせていただいたことはあっても、こんな風にしていただいたことは・・・
「・・・あぁっ自分でいたしますわ。」
わたくしの足首を掴んだままだった田口さんは、腰ポケットから取り出したご自分のハンカチで濡れた足先を拭いてくださるのです。
「いえ、やらせてください。祥子さんの身体を拭うなんて、美貴様でもおやりになったことがないでしょう。」
ふくらはぎの中程まで・・しっかりと拭うと両脚を揃えて板の間に上げてくださいました。
 
今度は田口さんが靴を脱いでわたくしの隣に上がっていらっしゃいました。素足にローファー・・・なんて粋な出で立ちだったのでしょうか。
「寒くないですか?」
「ええ。」
わたくしは、実はほとんど・・・足元とスカートの裾以外濡れてはいませんでした。雨が降り出してから、田口さんの大きな身体がすっぽりと被って・・・かばってくれていたからです。
「田口さんこそ、ひどく濡れたのじゃなくて?」
「大したことはありません。」
いつのまにか後に廻って・・・大きな手で肩越しに・・・両の乳房を抱きしめられたのです。
「お陰でこうしてまた祥子さんを味わうことができる。」
「はぁぁ・・ん・・だ・め・・」
わたくしの首筋に押し当てられた田口さんの唇は火の様に熱かったのです。
「味見ばかりさせて、ディナーはお預けなんてひどいですよ、祥子さん。」
アップにまとめた髪は、わたくしの敏感で感じやすい耳元も、普段は陽に晒す事のない首筋も無防備に田口さんに曝け出していたのです。
「このままだとスカートが皺になってしまうでしょう。ご自分で脱いでください。」
「ぁあぅっ・・・」
前に回した両手の指を乳房にめりこむようにさせて・・・わたくしを立ち上がらせるのです。押し付けられた田口さんの腰はスラックス越しにでもわかるほどに大きく熱く・・・既にひくついていたのです。
「祥子さん。」
わたくしの左の耳朶を田口さんが甘噛みします。
「雨が止んだら間違いなく人が来るでしょう。のんびりしている暇はないんです。」
たしかに仰るとおりなのです。でも・・・自分の手で服を脱ぐなんて・・・
「やぁ・・・」
唇と両手と昂った塊が・・・静かに、淫らにわたくしを責め立てるのです。
それでも、この場で・・いつ人がくるかわからないここでスカートを脱ぐなんてわたくしにはできませんでした。